今日からは、何回かに分けて、書き方の事例を出していきたいと思います。まずは、連絡から。
で、自分史の記述で重要なのは、重要イベント(思い出に残るエピソード)かその時期の特徴・概要かはともかく、流れを記述していくことです。流れの記述こそが、自分史の本質です。
連絡の場合は、誰と遊んだのか?何をして遊んだのか?どういうことが楽しかったのか?を各時期毎に記述していきます。そして、その文章を読むだけで、その時期の雰囲気が蘇ってくるように記述するのです。
とにかく、書き方の例を出していきたいと思います。
学校から帰ってきたら、XXXX(人物名)、XXXX(人物名)とすぐに遊びに行くというのが日課となっており、連絡の基盤が形成されていった。そこで中心になったコンテンツは、XXXXXXXX(コンテンツ名や遊び名)やXXXXXXXX(コンテンツ名や遊び名)などであった。また、ファイナルファンタジーⅣが登場したことによって、ゲームの歴史が始まった。
これは概要の記述になります。一番基本的な書き方です。 ”連絡の基盤が形成されていった。”という記述がありますが、こういうことこそが流れの記述に当たります。
各時期に、誰と遊んでいたのか?何をして遊ぶのが多かったのか?を記述していくことによって、人生全体における流れが見えてきます。それこそが、あなたの価値観を構築してきたものです。
あと、連絡がきっかけとなって出会えたコンテンツってあると思うんです。それがあったら、絶対に書いておきましょう。この部分は私の実例なんですけど、この事例ではゲームなんですけど、連絡について記述している流れの中で、FF4をやったことでゲームの歴史が始まったという重要事項が記述されております。このようにして、流れの中で歴史の要点を記述していくんです。この部分は、小学1年生頃の連絡についての記述であるとともに、ゲームというコンテンツのルーツについても触れています。
ただ、初めの内は、箇条書きによる点の記述で大丈夫です。
XXXX年夏に中心になったコンテンツは連絡であった。XXXX(人物名)との連絡では、XXXXXX(コンテンツ名)とXXXXXX(コンテンツ名)が中心となった。XXXX(人物名)との連絡では、XXXXXX(コンテンツ名)の他に、XXXXXX(コンテンツ名)をやったり、XXXXX(場所名)でも遊んだ。XXXXX(場所名)ではXXXX(人物名)とも遊んだ。
夏休みの連絡は、こんな感じで概要を記述します。同じことです。
あと、これは上の例では書いてないんですけど、主観的事実を追記しておいてもいいです。例えば、”第一章最後の夏を締めくくる最高の内容となった”とか”歴史上最低の夏となった”とか。
人生のアクセント部分やドン底部分というのは、その時期の特徴になります(相対的特徴)。該当時期には加筆しておくとよいでしょう。
あと、 こういう記述法もあります。
○連絡の記述例
X月AA日にXXXX(人物名)、XXXX(人物名)との連絡が発生した。そこで中心となったのは、XXXXXX(コンテンツ名)とXXXXXX(コンテンツ名)であった。X月BB日には、(略)。X月CC日には、(略)。X月EE日には、(略)。この1週間の流れは「XXXXXXXXX」と呼ばれる。
これは連絡に限らず、特定の1週間や特定の何日間について概要を記述する場合はこの書き方がいいです。
人生には忘れられない1日もありますが、忘れられない1週間とか10日間というものもあると思うのです。1週間や10日間かけて歴史が変わった場面ですね。その場合は、このようにして記述すればいい。重要度によっては、その時期に名前を付けておきます。
まあ、基本は概要の記述になりますがね。
で、概要記述の例はこのようにして出せるんですけど、重要イベント・エピソードの事例ってのは、全て特殊で書き方が全部違うから、例が出せないんですね。だから、重要イベント・エピソードについては、あなたの好きなように書いてくださいとしか言いようがないです。完全にあなた主観で書いていいですからね。自分史を書くというのは、自分の過去を題材にして、”主観的事実だけを記述する”というルールを守って、物語を書くことです。
もちろん、良い出来事としての重要イベント・エピソードも書きますけど、滅茶苦茶悲しかったり滅茶苦茶悔しかった出来事もちゃんと書きましょうね。そういう出来事こそが、あなたの未来を作ってきたのです。あなた主観で、その内容を描写しておきましょう。そういう出来事が載ってない自分史というのは、太平洋戦争について載っていない日本史と同じなのです。
連絡における、そういう悲しい出来事を描写するというのは、 何と言うか、アーティストが失恋ソングの歌詞を書くようなそんな感じであります。最初の内は、思い出すのが辛いかもしれません。でも、何度も何度もその出来事について検証していると、その出来事が面白くなってきます。もっと、そのときの自分の感情や状況が知りたくなってきます。リアルタイムで戦っていた当時の自分には悪いんだけど、歴史の面白さというのは激動期にこそあるのです。
最後に、今日は連絡の事例だったんですが、「友達と遊んだ思い出がない」という人もいると思うんです。
何の問題もありません。連絡について書かなければいいだけのことです。と言うか、一体それの何が問題なんでしょうか?
人それぞれの人生において、友達と遊ぶより面白いことはいくらだってあります。
自分史で重要なのは、徹底した人生の加点主義にあります。理想からの減点主義じゃないんです。主観的事実のみを記載していってください。それが主観的事実だったら、何を書いても正解なんです。
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