ポケモンの確率

ポケモンの確率70%は確率50%だとか言われることがある。

これを正確に書くと、(実際の確率)70%は(体感確率)50%だということ。言うまでもなく、表記通りの実際の確率が正しい。統計を100回取ってみれば、実際の確率に収束していく。

この前、「しねんのずつき」(命中率90%)が4連続で外れた。これ自体は、0.1^4=10000分の1の確率である。しかしこれ、ここから統計を1000回取れば、90%に収束する。1000回試行すれば100回は外れる。その内の4回が集中して現れたというだけの話。

野球で言うと、内川でさえ、4打数0安打の日がある。しかも、それが続くスランプの時期もある。だが、ペナントトータルでは3割打つ。

で、ポケモンの場合は、実際の確率よりも体感確率が低く見積もられる傾向がある。これは命中するのが当然だという意識があるからだ。だから、外れたときの記憶が大きく残る。その結果、実際の確率よりも体感確率が低く見積もられる。

体感的には信じられないが、

「つのドリル」の命中率=「かみなり」が外れる確率=内川の打率

自分のアズマオウが「つのドリル」を当てる確率
=バトルタワーのアズマオウが「つのドリル」を当ててくる確率
=内川がヒットを打つ確率

あと、確率についてもう一つ。ポケモンのパーティ構築について。

例えば、バトルハウスやバトルトレインのスーパーバトルに最適化したパーティがあったとする。勝率99.9%だったとする。このパーティが1000連勝出来る確率は、0.999^1000=36.76%。ちなみに、勝率99.8%のパーティが1000連勝出来る確率は、0.998^1000=13.50%。勝率99.85%のパーティが1000連勝出来る確率は、0.9985^1000=22.28%。

この領域まで来ると、パーティの強さではほとんど目に見えるような差が出ない。運の領域で決まってしまう。強さの優劣を付けるとしたら、1000連勝出来るかどうか?という試行を100回程やってみないと分からない。正直、やってられん領域。

だから、スーパーバトルで1000連勝できるかどうかはパーティの強さというよりは運の要素の方が大きい。ただ、1000連勝したようなパーティは最上位パーティの一つであることは間違いないので、ありがたく参考にさせてもらった方がいい。

これは、レーティングや大会でも同じ。最上位クラスの争いとなると、純粋な強さというよりは、運の方が重要になってくる。運は非常に重要な要素にも関わらず、過小評価されている。

この本に書いてあるMLBのロジャー・マリスの事例とか滅茶苦茶面白い。

 

感謝の効果

私は、漠然と感謝の習慣を続けていたんだが、一旦やめてみたら、その効果が良く分かった。精神力が明らかに違うのだ。感謝の習慣を抜くだけで、ここまで違うのかと。だから、やめてから1日で感謝の習慣を再開した。もう感謝なくして生きられねえよ!と、感謝することに感謝した。これは実体験しないと分からないと思う。感謝の習慣を継続しているときは気付けない。失ってから初めて気付ける。

感謝すると、とても不思議なんだが、現実は何も変わってないにも関わらず、現実に対する見方が変わる。言わば、コップに水が50%入っている状態について、「半分しか入っていない」から「半分も入っている」に変化する。前者は悪い気分で、後者は良い気分だ。

「半分しか入っていない」と、理想と現実のギャップについて恐怖や不安・焦りを感じているときは、「おいおい、休日にこんなことしてる場合かよ……」と、自分の好きなことすらも十分に楽しめなくなってしまう。だが、「半分も入っていると」と、満足・感謝を感じていると、「この数ヶ月で大分良くなった。自分には出来る」となり、自分の好きなコンテンツも本来の役割を果たせる。

これ、どちらもコップに水が50%しか入っていないという現実は変わっていない。にも関わらず、世界が変わってしまう。

結局、現状の自分に出来ることは限られている。今出来ること・やれることをやるしかない。「半分しか入っていない」という恐怖・不安・焦りの感情だったとしても、「半分も入っている」という満足・感謝の感情だったとしても、やることは同じだ。だったら、現状に感謝して満足した方が得なんじゃないかと。それに、必要な逆境だってちゃんと訪れる。

感謝すると現状に対する満足感が生まれる。だが、現状に満足したからと言って、理想を追い求めるのをやめてしまうとか、それは絶対にない。むしろ逆で、この満足している状況が理想を目指すための大きなエネルギーとなる。

楽しいことをしよう。そして、感謝しよう。

 

感謝の習慣

感謝の力、「ありがとう」の力というのは、とてつもなく強い。不安な気持ちになっても、感謝するだけで不思議と不安が和らいでいってしまう。これは実体験してみないことには中々分からない。

だから、1日5分でいいので、感謝の習慣を付けることをお勧めしたい。

参考までに、私が実践している感謝の習慣について書いておく。

私は、1日の最後に(PC落とす前に)、メモ帳のファイル(感謝用のtxtファイル)上で次のようなことを書いてから寝る。

(日付)※以下あくまで概要のみ。
①人間関係にありがとうございます(その日、お世話になった人一人一人に感謝する)。
ex.~~君、○○してくれてありがとうございました。
②自分自身にありがとうございます。
③仕事にありがとうございます。
④おカネにありがとうございます(カネで得たものに感謝する)。
⑤食べ物にありがとうございます(その日食べたものに感謝する)。
⑥趣味にありがとうございます(その日楽しんだ趣味毎に分けて記述する)。
⑦その他にありがとうございます。

要するに、その日あったことについて網羅して感謝していく。嬉しかったこと・楽しかったことを書いて、ありがとうございます。嫌なことも書いておくと良いが、最後の言葉は「ありがとうございます」で締める(嫌な感情が解放されてなくてもこの言葉で締める)。あと、「ありがとう」「ありがとうございます」は書くと同時に口に出して言う。

ただ、これはあくまで私のやり方だ。人によっては、朝起きたときに感謝した方が良い場合もあるだろうし、メモ帳に書くのではなくて口に出して連呼する方が良い場合もあるだろうし。

私も初めは斎藤一人さんの「天国言葉」(ツイてる・嬉しい・楽しい・感謝してます・幸せ・ありがとう・許します・愛してます)連呼から始めてみたが、今の方法に行き着いた。

勉強法などの方法論は、自分自身のライフスタイルに合う完全オリジナルな楽しい方法を確立しないと続かない。感謝の習慣も、人間の数だけその方法がある。

 

本気で遊ぶ

努力しても結果が出ない。継続しているのに結果が出ない。そういうときにこそ、本気で遊んでみると、何か見えてくるものがある。全力で遊んだ結果、革命的な改善に繋がる場合がある。

だが、これが中々難しい。変化を伴うことなので、潜在意識が抵抗する。ずっと努力を継続してきたのに、いきなり全力で遊べと言われても、それを実行できる人はまず皆無だろう。

仕事や勉強に費やしていたキャパシティーを遊びに振り分ける。この変化に対して、潜在意識が抵抗する。それに、結果が出てないわけで、”継続してても結果が出ないのに、ここで緩めてしまったら、益々結果が出なくなってしまうじゃ……”という思いが出てくる。潜在意識は、”ここで継続止めたら、死にますよ?”と語りかけてくる。

しかし、それは錆びたナイフで戦い続けるようなものだ。そもそも、1~2週間全力で遊んだ程度で手遅れになるんだったら、遅かれ早かれ淘汰される。

これは、そのコンテンツ(今回で言うと仕事・勉強)に対する信頼感の問題だと思う。自分のスキルや仕事に対して信頼感が醸成されていれば、必ずしも常に継続し続けていなくても大丈夫だと確信できる。少し煮詰まってきたからこそ、ここで全力で遊ぶことによって、何らかの良い影響が出るものだと確信している。だから、休むことに何の不安もない。自分の仕事を信じきっているからこそ、全力で遊べる。休むこと・遊ぶことが、仕事で成果を出すための工程の一つになっている(仕事の工程に内包されているため、潜在意識的にも変化と認識されない)。

信頼感が欠如しているから、少しでも一緒にいれない時間があると不安になる。信頼感が醸成されていたら、少し位一緒にいれない時間があっても、すぐ元に戻って果実を生み出し続けてくれると確信しているため、それほど不安にならない。

だから、サトシとピカチュウの間にあるような鋼の信頼感が醸成されていれば、必要なときに何の抵抗感もなく休めるようになるんじゃないかなと思う。それは、仕事のパフォーマンスが常に最大化されて、いつでも刃を研げる状態。自分の仕事を信頼しているからこそ、必要なときに何の抵抗感もなく休める。その結果、最高のパフォーマンスが実現される。

しかし、こう考えてみると、学生時代の長期休暇ってかなり重要な役目を果たしていたんだなと思う。夏休みや春休みが強制的にあったからこそ、学校生活のエンタメ性が最適化されていたんだなと。

 

複利の力

株やFXで儲けたという話が出てくると、大抵は○○○○万円儲けたという具体的な金額が示されるだけで終わる。だから、トレードは一発ドカンゲームなんだと勘違いされることが多いように思う。

だが、トレードで得られる最大の報酬は、複利の力を享受出来るようになることだと思う。

百聞は一見にしかずということで、複利の力について具体例を示してみる。

300万円を月率+4%で12ヶ月運用すると、次のようになる(小数点以下四捨五入)。
1ヶ月目:300万円*1.04=312万円
2ヶ月目:312万円*1.04=324万円
3ヶ月目:324万円*1.04=337万円
4ヶ月目:337万円*1.04=350万円
5ヶ月目:350万円*1.04=364万円
6ヶ月目:364万円*1.04=379万円
7ヶ月目:379万円*1.04=394万円
8ヶ月目:394万円*1.04=410万円
9ヶ月目:410万円*1.04=426万円
10ヶ月目:443万円*1.04=461万円
11ヶ月目:461万円*1.04=479万円
12ヶ月目:479万円*1.04=498万円
税(利益の20%):-(498万円-300万円)*0.2:-40万円
12ヶ月後の資産:458万円(年率+52.66%)

つまり、月率+4%で1年間運用すれば、税引き後で年率+52%相当になる。

では、同じ条件で300万円を10年間運用すると、つまり年率50%で10年間運用すると、次のようになる。
1年後:300万円*1.5=450万円
2年後:450万円*1.5=675万円
3年後:675万円*1.5=1013万円
4年後:1013万円*1.5=1520万円
5年後:1520万円*1.5=2280万円
6年後:2280万円*1.5=3420万円
7年後:3420万円*1.5=5130万円
8年後:5130万円*1.5=7695万円
9年後:7695万円*1.5=1億1543万円
10年後:1億1543万円*1.5=1億7315万円

まあ、これはあくまで机上の計算に過ぎない。ずっと+4%で安定するというのはまずあり得ないわけだし、損失を出すときも、大きく上振れするときもあるだろうし。ただ、計算上であったとしても、平均月率+4%を継続していくと、300万が9年後には1億になってしまう。これが複利の力。

とは言っても、マーケットで複利の力を享受出来るようになるまでには、数年間の訓練が必要になる。そんな簡単に複利の力を享受出来たら、誰だってトレーダーになってしまうわけで。

ただ、月率+4%ってのは、1トレード:資金の25%だとして、-1%LC*14、+5%*6で達成出来てしまう。この場合のリスクは、最悪でも月率-5%程度(-1%LC*20)。専業じゃなくても十分に達成可能だ。

だから、専業トレーダーになるかどうかはともかく、トレードスキルを身に付けて、投機的な手法で資産運用するのもアリなんじゃないだろうか?

 

ポケモンカードと期待値

小学校高学年の頃に、ポケモンカードに嵌っていたことがある。中学生になったら、周りがどんどん離れていったため、私も光るポケモンが出てきた所でフェードアウトしてしまったが……。

それで数年前、暇だったんで、その当時に買ったこの本を引っ張り出してきて、色々と考察してみた。

大人になってから考察してすぐに思ったことは、ポケモンカードのルールで最も重要な制約条件は”1ターンにエネルギーカードが1枚しか付けられない”ということだ。この制約があるため、場に何枚のエネルギーカードが残っているかが重要になる。バトル場にいるポケモンが常に技を使い続けて、その間に次の戦力をベンチで育てる。そうやって回転させていくことが重要だ。効率良く回転させるため、もしくは相手の回転を邪魔するためにトレーナーカードを使う。

そして、モンスターカードについては、”ダメージ効率=期待値/必要エネルギー”の値が高いカードが強いということになる。ちなみに、ほとんどの最終進化系の技はダメージ効率=15となっている。

その中でも群を抜いているモンスターカードがある。具体的には、1ターンにエネルギーカード1枚の縛りを無視できる「カメックス(あまごい)」はやはり強い。カードでも雨パは最強だった。あと、ダメージ効率の点から「プクリン(ともだちのわ)」もやばい(ぶっちゃけ、プクリンと優秀な無進化たねポケモンさえ入れとけば他の1進化いらねえ……)。まあ、この2枚は、何も知らなかった小学生時代にも感覚的に強いと分かってたが。ちなみに、私はどちらも1枚も持ってなかった。

逆に、「ファイヤー(化石の秘密)」とか「タケシのサイドン」、クソよええ!!!ゲッツしたとき滅茶苦茶歓喜していた当時の私がこれを知ったら非常に悲しむことだろう。一方、当時は見向きもしてなかった、「プテラ(げんしのちから)」つええ……。

だから何が言いたいかと言うと、小学生時代に期待値とかダメージ効率とか知らなくて良かったと思う。間違いなく、エンタメ性を破壊していた。

と言うか、期待値を理解してる小学生とかなんか嫌だ……。ゲームで言うと、小学生がミュウツーやレックウザでなくて、キノガッサやラッキー使ってたら嫌だろうに……。胞子→身代わり→ローキックを繰り返すだけの作業からポケモンを好きになれる人がいたら、ある意味で尊敬してしまう。

どんなことだろうと、まずは好きになることから始めないと、長続きはしないと思う。好き・楽しいという体験に裏付けされてないと、勝利至上主義的な領域も楽しめない。

まあとにかく、知らない方がいいことというのがある。ゲームに限らず、エンタメ性というのはトレードオフの側面を持っている。

ゲームのポケモンの場合も、下手に確率的思考について知らない方が楽しめる部分がある。知ってしまったら最後、もう勝利至上主義からは戻れない。例えば、100戦やって勝率66%だったとしたら、もう大数の法則的にこの勝率に収束するパーティなんだなと理解して終わり。一戦一戦の勝ち負けに対して何の感情も生じなくなる。サイコロ振りと同じになる。エンタメ性の軸足が、サイコロ振りからサイコロ作りに移ってしまうのだ。

ただ、今はネット環境が整ってるわけで、ヤフオクや中古屋を駆使して、強いカードを集めるというのも滅茶苦茶面白そうだ。小学生時代に、今のネット環境を駆使して遊べたら面白いだろうなあ。

 

バイアス

人間は、自分がやらなかったことをとてつもなく過大評価することがある。やらなかったことについては、いくらでもあり得ない奇跡を妄想出来てしまう。

それをやっていたら、むしろ悪化していた可能性もあるし、それに無駄な時間を割いたことで失っていた出会いもあっただろうに。その確率の方が圧倒的に高かっただろうに。だが、そういうバイアスは完全に無視して、一番奇跡的に上手くいっていた展開だけを考えてしまう。

自分がやらなかったことを恐ろしい程に過大評価して、自分がやってきたことを恐ろしい程に過小評価してしまう。結果が出ていないときは特に強く、このバイアスが働いてしまう。

人生とトレードの似てる点として、トータルで長期的な視点で考えるのが難しいというのがあると思う。

例えば、日足でトレードしてるはずなのに、5分足の急落を見て投げてしまう。日足で見れば何てことのない調整で、順調に順行しているにも関わらず、トレイリングストップで保有してればいいにも関わらず、目の前で含み益が減っていることに耐えられずに投げてしまう。一番最初に設定した利益目標ラインを守れるようになることがいかに難しいことか。トータルでプラスになればいいと口で言うのは簡単だが、実践出来るようになるまでは難しい。週単位や月単位で期待値プラスのルールがあったとしても、それを忠実に守って運用するには訓練を積む必要がある。

人生においても、週単位や月単位で見れば、順調に成果が出ている(成長している)にも関わらず、それには中々気付けない。1日~数日単位でも逆境が訪れると、上述したバイアスが掛かってしまう。

ここまで自分がやってきたことを称えて、「よくやってるじゃないか!」と自分に言ってあげよう。結局、この道を歩いてくるしかなかったのだ。

 

冒険心

人間は、それが限りなく確率0%に近いことであろうとワクワクして期待してしまうことがある。

例えば、外を歩いていたら何か素敵な出会いがあるんじゃないか!とか、あの場所に行けば何か楽しいことが起こるんじゃないか!みたいな。だが、冷静に考えてみれば、それは一体何万分の1%の確率で起こることなのかと。人間は馬鹿な生き物だから、そういうあり得ない展望を無理矢理作り出してワクワクしてしまう。

ただ、それがあり得ないことだとしても、そうやって努力したことだったり、行った場所だったりが、曲がり曲がって未来に繋がってしまうことがよくある。だから、少なくとも、何か行動しなければ何も起こらない。どんなあり得ないことにワクワクしても、行動すれば何かに繋がることがある。

一番最悪なのは、何にも繋がらない、何も起こらないと悟って、何もしないこと。だから、この点においては、賢者の方が馬鹿よりも損してる。どんな馬鹿げた展望を描こうと、行動すれば何かに繋がる可能性がある。

しかし、これをトレードでやるとほぼ間違いなく失敗する(100%ではない。どんな馬鹿げた手法だろうと、1億人がそれを実践したら、間違いなく億万長者になる人間が現れる)。「アベノミクス相場のときのガンホーのようになるかもしれない」、そう思うだけだったら全ての銘柄でそう思える。どれだけ含み損が出ていても、この希望がある限りは耐えられるわけだ。

ところで、私は今でも、散歩に行くと、どこかにポケモンいねえかなあと思ってしまう。観光地に行くと、RPGよろしく、つい隅々まで調べてしまう。アイテムやイベントがあるんじゃないかと思って。ゲームの世界では人間がプログラミングした以上のイベントは起こらないと知ってしまった以上、現実世界で冒険するしかないのだ。

 

国家と企業

これからの時代、国や企業に助けてもらうことは期待しない方がいいと、私は思っている。

(以下、陰謀論っぽい話。ただ、この論理で政治を見てると、意外と当たってるんじゃないかと思うことが多い)

消費税が3%上がる一方で、法人税を3%下げるわけだが。まず、国家が企業に不利な政策をするはずがないのだ。なんでかと言うと、国家が最も恐れるのは群衆が怒り狂って起こす革命だ。そして、現代の資本主義社会において、そのリスクが最も高まるのは失業。国家としては失業者が団結するのが一番恐ろしい。だから、国家は雇用を生み出して革命のリスクを軽減してくれる企業を優遇せざる得ない。しかも今は、グローバル化が進んでるため、企業としては自由に国を選べる。ということは、人件費で有利だったり、法人税が安い国があったら、その国に企業は行ってしまう。言わば、国家が企業相手に営業してるようなもので、国家が企業相手に譲歩せざるを得ない状況なのだ。

ブラック企業に関しても、国が規制するとかどうとか、まずあり得ないと思う。むしろ、逆。国民には分からない形で、ブラック企業に有利な展開になっていくと思う。前述したように、国家にとっては、労働者一人一人の人権なんかよりも、雇用を生み出して少しでも革命リスクを減らしてくれる企業の方が大事なのだ。だから、例えブラック企業であろうと、労働者よりも優先的に守ると思う。まあ、表向きは、ブラック企業対策をしてるように見せるだろうが。

生活保護にも、革命や暴動を防ぐためという側面があると思う。確かにちょっと貰い過ぎかなと私も思うが、国家としては国民の不満など関係ないのだ。下手に集団で暴動など起こされた方が厄介だからだ。それに、叩きやすい要因を作っておけば、一部国民のガス抜きにも使える。

そもそも、ロスジェネこと就職氷河期世代を見殺しにしている時点で、国に期待するのは非常に危険だと思う。いくら若者の雇用がどうこう・少子化対策がどうこうって国が言ってても、ロスジェネ世代を見殺しにしたままで、第三次ベビーブームを潰した実績がある以上、何の説得力もない。

ただ、だからと言って、国家は何も悪くない。革命を防ぐというのは、国家として当然のこと。もしも革命が起こったら、多くの国民がとてつもない不利益を被ることとなる。だから、国家のこの姿勢は我々にとっても利益になる。しかし、そのために切り捨てられる側に入ってしまったら、合法的に(ここ重要!)逆襲しよう。

 

大人しい人

こんな記事を見つけた。

「どこの業種に行っても優秀なやつばかり見かける。コンビニ然り、公務員然り。昭和の頃より皆テキパキ動いていて、愛想も良くて、意外と応用も利いている」

引用元:テキパキしていない奴、愛想も要領も悪い奴はどこへ行ったのか

これはまさしく、将来の日本社会の姿だと思う。

皆優秀なように見えるんだけど、賃金はそれほど高くない。生産性が高い製造業は、賃金の安い中国や東南アジアに行ってしまうため、労働単価が安いサービス業しか残らないからだ。

その一方、少子高齢化・財政問題の影響で、税金はとんでもないことになる。そもそも、消費税10%ですら全然足りないのに、それすらも先送りになりそうなわけで……。日本の少子高齢化・財政問題の深刻さを舐めてるとしか思えない。

まあ、サービスを受ける側の老人達にとっては、これ以上ない楽園なのではないだろうか?低賃金で働いてくれる優秀な若者がたくさんいて、しかも自分達の社会保障費まで負担してくれるのだから。

だが、日本自体は経済的に停滞して、新興国に追い付き追い抜かれていくことになるだろう。日本人は益々自信喪失し、内向きになっていくんじゃないかと。日本が凄い凄くない以前に、単に産業循環が起こっているだけだと思うのだが……。

そうなると、生活保護叩きやヘイトスピーチのような現象は益々さかんになっていくと思う。スクールカースト的な風潮も強くなっていくと思う。国にとっても、その方が都合が良いのだ(参考:スクールカースト)。

だから、サービス業に適性がない大人しい人にとっては、益々生き辛くなっていくと思われる。下手したら、格差社会のピラミッドの中にすらいれてもらえない。

うーん、嫌だねえ……。性格的に大人しい人ってのは、必ず一定数は生まれてしまうわけで。

ただ、弱者のままでいても道は切り開かれないから、強者になるしかない。アドバイスになるかどうかは分からないが、まずは自分が好きなこと・楽しいことを極めること。それは直接的には生き残る役には立たないかもしれないが、絶対的な後ろ盾となって支えてくれる。その上で、社会で通用するスキルを磨いていくことだ。とにかく、大切なものを捨てないで欲しい。必ず出来る。

自然界では、必ずヘマをするシマウマが現れる。それをいつでも食えるように準備しておくことだ。その行為がどんなに非難されたとしても、食われるシマウマが悪い。