自分史の書き方(基本)

自分史について体系的な内容になるように固定ページを修正してたんですが、かなりいい具合になったんじゃないかなと思ったので、そっくりそのままブログ記事として掲載しておきます。

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自分史の記述内容

人生を章分けしたら、あとはもう自分史を淡々と書いていくだけです。例えば、”2000年4~7月”という項目には、2000年4~7月について記述していきます。それが終わったら、次の時期・項目について同じように記述していきます。と、このようにして、現在まで書き続けていけば、自分史が完成します。

じゃあ、具体的にはどんなことを書いていけばいいのかと言うと、主に次の通りとなります。

○自分史の書き方
・時期毎に、以下の事項を中心に記述していく。
-人生の重要イベント・重要なエピソード
-人物・交友関係(連絡)
-学業・仕事
-各種コンテンツ
-ライフスタイル
-その時期を象徴する雰囲気や情景、日常

これらの項目を、時期毎に淡々と書いていきます。自分史の書き方と大それた言い方をしていますが、何てことはない、小学校時代位から現在までを時系列的に書いていくだけの単純作業です。

この中の何について主に書くかは、人それぞれとしか言いようがないです。連絡中心の人生もあれば、仕事や勉強中心の人生もあれば、趣味中心の人生もあるからです。あなたにとって重要なことを書いてください。あなたにとって重要じゃないことは一切書かなくていいです。

自分史の記述で最も重要なのは、その時期の文章(段落の集合)を読んでるだけで、その時期の出来事や雰囲気が頭の中で再生されるようになることです。このことさえ意識していれば、何を書けばいいのか分かってくると思います。

自分史の書き方についてこれ以上の説明は出来ません。自分史というのは、過去の雰囲気再生マシーンです。当サイトで定義する最もクオリティーの高い自分史というのは、あなたがその文章を読むことによって、その時期の雰囲気や情景が脳内で鮮明に蘇ってくるものです。この部分、どれだけ太字にしても足りません。私が、自分史の書き方で一番訴えたいのはこの部分です。

もしくは、当サイトの自分史の書き方というのは各年についての記述であります。だから、その年について記述するには何を書けばいいのか?その文章を読むことによって、その年が再生されますか?

何をどう書いていいのか分からなくなったら、これらの点を意識してみてください。

 

 

自分史の記述イメージ

実際の記述例としては、こんな感じになります。なお、これはあくまでイメージです。

書き方イメージ

こんな感じで、その時期にあったことについて分野毎に段落で区切って記述していきます。重要イベント、連絡、学校・仕事、趣味、その他イベント、その時期の特徴などについて、段落で区切って、箇条書き的に記述していきます。この段落の集合こそが、その時期の自分史になります。

段落の長さは、20字~400字が目安になります。例外的に長くなる記述もあると思いますが、どんなに長くても800字以内には収めるべきです。

”ゲームでは、~~が登場した。”というような20字程度の記述から、400字前後に及ぶ重要イベントの記述まで、その時期の重要な要素について段落毎に記述していきます。

1年分の長さの目安としては、本文のフォントサイズを15として、Wordで5~10ページになります。

記述例をもう一つ示すと、こんな感じになります。

書き方イメージ(2)

ここで、一つテクニック的なことを書いておきます。

項目を作るときは、大抵は”XXXX年4~6月”というように2~3ヶ月毎の区切りになると思うんですよ。その項目の中で、その時期にあったことについて、分野毎に段落で記述していきます。

では、何をどのような順番で記述していけばいいか?これは自由です。ただ、出来るだけ、時系列的な記述になるように意識するといいです。

あと、仕事にせよ趣味にせよ、ある分野について、その時期に書くことがたくさんある場合(一つの段落で記述すると冗長になってしまう場合)は、段落で区切りましょう。

基本的には、1つの段落の中でその時期について全て記述するのがスマートですが、長くなってしまう場合は、段落で区切って記述した方がスマートな記述になります。

段落で区切った場合は、それぞれの段落を、その項目の中で時系列を意識した箇所に書くといいです。

例えば、”XXXX年4~6月”という項目の中で、ある分野について4~5月と6月とで段落を区切った場合、前者は項目の中の前半部分に記述して、後者は後半部分に記述するというようにして、時系列を意識した書き方をするのです。

 

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過去を思い出すための切り口の例

・人間関係(家族、友達、先生など)
「誰と何をしたか?」
「誰にお世話になったか?」
「誰に影響を受けた?」
「誰が好きだった?」

・コンテンツ(ゲーム、音楽、漫画、テレビ、映画、本など)
「その時期を代表するコンテンツは?」
「影響を受けたコンテンツは?」
「好きだったキャラクターやタレントは?」

・スポーツ
「よくやったスポーツは?」「そのエピソードは?」
「よく見たスポーツは?」「そのエピソードは?」
「好きな選手は?」

・その他趣味

・学校生活
「印象に残ったイベントは?(運動会、文化祭、遠足、修学旅行など)」
「勉強で印象に残ったことは?」
「部活で印象に残ったことは?」
「努力が実ったエピソード、失敗したエピソード」
「日常はどんな感じだった?(登校時の日常、クラスの日常、帰り道の日常など)」

・仕事
「印象に残った出来事は?」
「努力が実ったエピソード、失敗したエピソード」
「日常はどんな感じだった?(出勤の日常、職場の日常など、帰宅時の日常など)」

・初めての出来事
「(人との)初めての出会いは?」
「初めてやったゲームは?」(コンテンツや趣味での初めて)
「入学式」「入社式」

・別れの出来事
「友達との別れ(転校など)のエピソードは?」
「卒業式」「退社」

・滅茶苦茶楽しかった出来事

・嫌な出来事(歴史的逆境)

・人生の分岐点

・人生を変えた決断

・場所
「その当時、印象に残ってる場所は?」
「住まいはどんな場所だった?」
「学校や職場はどんな場所だった?」
「よく行った場所は?」
「帰りに良く寄った場所は?」

・病気
「印象に残ってる病気のエピソードは?」

・食べ物
「好きだった食べ物は?よく食べてたものは?」
「給食で好きだったのは?」
「印象に残ってる食べ物のエピソードは?」

・お金
「主に何にお金を使っていた?」
「印象に残ってるお金のエピソードは?」

・社会的出来事
「あの社会的出来事が起きてたとき、何をしていた?」

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これら以外にもたくさんあるでしょうが、一先ずはこんな感じかなと。

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信念の戦い

「人生が嫌い・つまらない」という信念を持っていると、その信念を強化するための他の信念も同時に持っている場合があります。それは例えば、「人生は自分で改善することが出来ない」という信念。

だからこそ、今を楽しむための努力をすることが重要です。今を楽しむための努力をして人生を改善することが出来れば、「人生は楽しい」「自分の人生は自分で改善することが出来る」という2つのポジティブな信念が強くなるからです。

ただ、ここで気を付けなければいけないのは、信念には一方的に強くなる性質があるということ。そして、人間は信念の生き物であるため、今機能している信念に背くことは、人格否定されたように感じてしまいます。

「人生が嫌い・つまらない」「人生は自分で改善することが出来ない」という信念を持っていると、今を楽しむことに罪悪感のような感情が出てきます。今が楽しいという状態は、「人生が嫌い・つまらない」という信念に背くからです。この信念が邪魔をするため、今楽しいことを認められません、人生を楽しんでいる自分が認められません。1日の中に良い気分で笑っている時間があるにも関わらず、そのような時間が存在していることを認められません。それは、信念に背く自分だからです。だから、罪悪感という感情を発生させることによって、笑って楽しんでいる自分に対して罰を与えるんです。人生を楽しんでいない自分がアイデンティティーになっています。このアイデンティティーを守るために、楽しんでる自分に罰を与えるんです。

だから、今自分が楽しいと感じることについて、素直に「楽しい」と認めることから始まります。「楽しい」というポジティブな感情を認めることから始まります。

「楽しい」「幸せだ」という良い気分を感じている時間があるにも関わらず、罪悪感のようなものが出てくる場合、自分自身を客観的に観察してください。「これは、私の中で「人生がつまらない」という信念と「人生が楽しい」という信念が戦っているんだな。今はまだ「人生がつまらない」という信念の方が強いから、楽しむことに対して罪悪感が出てきているんだな。でも、楽しい体験にフォーカスし続けていけば、「人生が楽しい」という信念の方が強くなるときがやって来る。私は幸せになっていいんだ」と。このようにして、自分の感情を機械的に把握してください。必ず、決壊するときがやってきます。感情に呑まれないでください。

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自己肯定感について

自己肯定感を高めるには、テレビ番組で外国人に「日本最高!」と言わせるとか、そういう気持ち悪いことをする必要は全くありません。と言うか、他人の承認がなければ自分に価値があると思えないというのは、そもそもその時点で自己肯定感じゃないんです。

極端な話、自己肯定感というのは、世界中の人間から「死ね!」と言われようと、「貴様等70億人よりも、俺様一人の方が生きてる価値がある!」と思える能力のことです。他者の評価は全く関係なしに、自分自身や自分の人生を好きだと言えるかどうかです。

しかし、滅私奉公で協調性を重んじる日本社会では、このようなメンタルの持ち主は排除されてしまう傾向にあります。

だから、日本では皮肉なことに、異分子やアウトサイダーの方が自己肯定感・自己満足度が高くなりやすいのです。

普通とは違うマイノリティーな生き方をしていると、自分自身のアイデンティティーや価値観について疑問を持つ機会がたくさん得られます。

例えば、自分自身が間違いなく”楽しい”と思うことに対してマジョリティーの評価は逆を行っている場合、自分の価値観に疑問が生じてきます。そこで検証して、改めて、”やっぱり楽しい”、”自分の価値観は正しい”と思う。こうすることで、自分の価値観に対する自己肯定感、人生に対する満足度が確固たるものになっていきます。筋肉には負荷を掛けないと強くならないように、精神的な筋肉も同じことです。

ところが、普通の生き方をしていると、自分のアイデンティティーや価値観について疑問を持って検証する必要が生じない。日本は同質社会であるため、大多数の人は、自分のアイデンティティーや価値観について懐疑的になる機会がないんです。

仮にあった所で、多数派から外れること=絶対的な恐怖であると刷り込まれているため、多数派の意見に迎合してしまいます。これは言うまでもなく、自己肯定感・自己満足度を下げる行為です。

同質社会で同調圧力の強い日本では、世間様の力が余りにも強大です。そのため、世間様から笑われること(≒多数派から外れること)は致命的なことだと潜在意識に刷り込まれてしまいます。だから、何としてでも世間様から笑われることは避けたい。その回避行動として、世間様から攻撃される前に、自分で自分を攻撃するんです。そうすれば、世間様から攻撃されるという最悪の事態は回避されるからです。その具体的な行動として、自分が好きなものを過小評価したり、何かに熱狂していた時期を黒歴史とします。世間様に笑われる前に、自分で黒歴史にしてしまえば、世間様から笑われることはなくなるからです。

このような社会構造的な要因があるため、日本人の自己肯定感を高めるためのマクロ的な政策があるとすれば、移民を大量に入れて、日本人が日本人であることのアイデンティティーや価値観に疑問を抱かざるを得ない状況を作り出す以外にないと思います。でも、それは絶対に無理です。絶対に実現しません。

自分史を書くことに妙な抵抗があるとしたら、日本で起こっているアンチ自己肯定スパイラルに巻き込まれていないかどうかを確認してみてください。「一体、誰に対して遠慮しているのか?」「これは誰のための人生なのか?」を自問してみてください。

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なぜに教科書形式?

なぜに、当サイトの自分史の書き方では、教科書的な概要の記述を推奨しているのか?について。

私も、エピソード形式というか、今まであったことについて自分史を箇条書きで書いてみたことがあるんですね。

で、何から何まで事細かく書いていたら、59万字になってしまった。これ、見直すのも一苦労です。冗長なんてレベルじゃないです。

この実体験から、シンプルに概要を記述していった方がいいなと。

もう自分史を書いて終わりなんだったら、エピソード形式で書いてもいいと思うんですよ。でも、自分史とはまだまだ付き合っていくわけで。

その年にあったことを時期毎に分けてシンプルに概要を記述していく教科書形式にすれば、1年分が多くても10ページ以内に収まるから、年毎に簡単に見直せますし、何より後から改訂・追記するのが楽なんですよ。

ある出来事についての見解は、時間が経つにつれて、検証を重ねるにつれて変わっていきます。例えば、去年の出来事だったら、まだ歴史的な意味が確定してないことがあるわけですよ。去年下した決断や政策が、これからの人生にどのような影響を及ぼしていくのかはまだ分からないんですよ。

教科書形式で自分史を書けば、本当に改訂・追記するのが楽です。大体3年に1回のペースで自分史を書くとしても、1日10分・1ヶ月で20~30年分の改訂・追記作業は終わります。見解が変わる部分があるとは言っても、大半は変わらないですからね。既に書いた自分史を読んで、ちょこっと追記したり、誤字・脱字を直したり、必要ない部分をちょっと削除したりするだけで、改訂・追記作業は終わります。あとは、新しく追加された3年分は同じようにして書けばいいわけです。あと、改訂・追記する前に、修正前のファイルは絶対に残しておいた方がいいですよ。バックアップは絶対に取っておいてください。

だから、これからも末永く自分史と付き合っていくためにも、教科書形式での記述をお勧めします。そもそも、教科書形式であっても、重要なエピソードは全部記述しますしね。それほど重要な出来事でもないのに冗長な記述がいかんのです。とにかく大事なのは、自分でその記述を読んでいて一番良い気分になれる書き方をすることです。

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引き寄せの法則について

一応、ブログランキングには自己啓発・引き寄せの法則で登録しているんで、そっち系の話をしてみます。まあ、このブログは自分史の書き方にフォーカスするまでは、そっち系の話ばっかりしてたんですが。

自分史の素晴らしい所は、自分の人生を通して、引き寄せの法則や必然の法則を学べる所にあります。偉い人が言ってることを、「これは偉い人が言ってるんだから絶対に正しいんだ!」と無理矢理理解するんじゃなくて、自分が人生で体験したことを検証することによって、成功法則を学べます。「ああ、今思うと、あれは引き寄せの法則を上手く活用してたんだな」 とか。

ここからは、引き寄せの法則の教科書的な話を。

~引き寄せの法則の教科書的な話~

引き寄せの法則というのは非常にシンプルで、欲しいものを決めて、それにワクワクしていると、いつの間にか手に入ってしまう。欲しいものをこの世界に示したら、あとはそれが手に入るまでの過程を楽しんでいるだけでいい。そこに至るまでの過程は宇宙の領域にあるから、今がどのような状況であろうと関係ないし、どうやってそこまで辿り着くのかは知らなくていい。奇跡が起こって手に入ってしまう。これは、思考の焦点が欲しいものに当たっているからで、引き寄せの法則が働いてその思考が現実化してしまう。

でも、受け取る準備が出来ていないと、受け取れない。この世界(宇宙)は、その願望を受け取ることを許しています。「これが欲しい!」「こうなりたい!」という願望をこの世界に示すと、この世界はちゃんとそれを返してくれます。でも、自分自身がそれを受け取ることを拒否している。奇跡は常に起こっています。でも、その奇跡を享受する準備が自分自身に出来ていない。この世界は最良のものを与えてくれます。最良の人、最良の仕事、最良のコンテンツを与えてくれます。でも、当の自分自身がそれを受け取ることを拒否して、抵抗している。欲しいものを手に入れること、なりたい自分になることに対して抵抗があるんです。「自分はそれを持つに値しない」「自分にはスキルがない」「自分には努力が足りない」と、最良のものを受け取ることに抵抗するんです。

だから、この世界に対して、「これが欲しい!」「こうなりたい!」という意思を示したのに手に入らないということは、自分自身に全て原因がある。原因といっても、スキルがないとか、努力不足だとか、人間的魅力がないとか、そういうことじゃない。ただ、スキルを上げる努力だったり、人間的魅力を上げる努力をすることによって、「これだけやったんだから、自分は持つに値する、なりたい自分になる価値がある」と自分を納得させて、抵抗を和らげる効果があります。

あと、よくあるのは、~~から抜け出したいという願望は、益々その状態を引き寄せてしまうということ。これは欠乏した状態に思考の焦点が当たっているため、その欠乏した状態が益々引き寄せられてしまう。で、思考の焦点が何に当たっているのかは、感情で分かります。

望まない状態に思考の焦点が当たっているときは、恐怖や不安・焦りといった悪い感情になります。一方で、望むことに思考の焦点が当たっているときは、楽しい・ワクワク感などの良い感情になります。だから、良い気分でいることこそが、引き寄せの法則を最大限に活用するために最も重要なことなのですと。なぜなら、良い気分でいる=望むことに思考の焦点が当たっているから。

~引き寄せの法則の教科書的な話 終わり~

私は毎日、「ザ・シークレット」のDVDを流しながらブログを書いているんですが、まだまだ引き寄せの法則に関しては実践・研究が足りないなあと思っております。

ただ、引き寄せの法則を実践・研究していると、本やDVDでは分からないことが分かってくるのは確かですね。

自分史もそうなんですけど、やっぱり実践に勝るものはないなと。人間は一人一人違うわけで、自分史の書き方にしても、引き寄せの法則にしても、それぞれに合うやり方というのがあるわけですよ。結局そのやり方というのは、自分で実践して見つけていくしかないのです。

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未来について書くには?

今日は質問に答えさせてもらいます。ありがとうございます。

「自分史の書き方で、未来について書くにはどうすればいいんでしょうか?」

未来については全く書かなくていいというか、触れないでください。100%願望が入るだけです。

自分史で書いていいのは、現時点で確定していることまでです。確定していないことは絶対に書かないでください。それは歴史の捏造になってしまいます。

例えば、今一生懸命努力していることの成果が出て欲しいとか、今付き合ってる人と幸せな状態が続いて欲しいとか、未来で成功が確定していて欲しいという気持ちは分かります。誰だってそう思います。でも実際、そんなの分からないじゃないですか。だって、もしかしたら明日死ぬかもしれないわけで。

一生懸命努力したにも関わらず挫折して、自分が思い描いてなかった道に行くことになるかもないです。でも、結果的にそれが大正解の道になるかもしれないじゃないですか。「もしも、あのとき挫折してなかったらゾッとする……。あのとき挫折したのは奇跡だ……」と言ってる未来になりますよ、きっと。

自分史では未来については全く書きません。なぜなら、分からないからです。自分史を書けば成功が保障されるとか、絶対にないです。

でも、自分史を理解して、「人生で起こることは全てが良いことに繋がっている」「人生に上方修正はあっても、下方修正は絶対にない」と気付くことが出来れば、未来がどうなるかは分からなくても、未来は確定していると思うのです。あとはその道を楽しんで歩んでいくだけです。

現実は理想を凌駕していきます。

理想と現実

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書評:「斎藤式 自分史の書き方」(斎藤孝)

今日は、自分史本のレビューをします。

読み手を意識した自分史の記述が目的にされているためか、文章構成や書き方の記述が多いです。これは自分史の書き方というよりは、文章の書き方の本に近いような……。

あと、具体例は実際の自分史ではなく、有名作家の作品やエッセイであるため、自分史の例としてはほとんど参考にならないかと。

ただ、自分史を書くコツ(Step3)と、過去を思い出すテクニック(Step4)については非常に参考になります。

まず、自分史の書き方として、「現時点の意見・感想はなるべく入れず、事実を客観的に描写し、その当時の情景を描写する」というのは、本当に重要です。これは当サイトの書き方と全く同じで、私が言いたいことをシンプルに言ってくれたような感覚です。

過去を思い出すテクニックとしても、時系列・モノ・ヒトを軸にして探るということで、非常に参考になります。過去を思い出すための切り口についてしっかりと記述されています。

具体例が乏しいため、これ1冊で自分史を書くのは難しいと思いますが、書き方と過去を思い出すテクニック本としてはいいね!って感じです。

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時系列的に思い出すには?

今日は、質問に答えさせて頂きたいと思います。ネタがなくなるとタイミング良く質問が来るのは、引き寄せの法則でしょうか?ありがとうございます。

「過去を時系列順に思い出せません。何かいい方法はないでしょうか?」

まず、最初から無理して、過去を時系列的に思い出す必要はありません。まず大事なのは、過去に何があったのか?を思い出していくことです。この段階では、それがいつだったのか?は無視していいです。単純に出来事を思い出していってください。

過去を振り返ってみて、滅茶苦茶楽しかった出来事を紙に書き出してみるといいと思います。これが、大きなパズルピースの役割を果たします。

で、人生全体を俯瞰して、滅茶苦茶楽しかった出来事や人生の転換点となった出来事、歴史的逆境といった人生の大きなパズルピースを埋めていくと、大まかな人生の流れ(時系列)が理解出来るようになってきます。

あと、大きなパズルピースから、その当時のコンテンツや社会的な出来事といった小さなパズルピースが埋まることがあります。こうなると、小さなパズルピースからその時期が特定出来ます。

つまり、自分史を時系列的に理解出来るようになるのは、副産物だと思った方がいいです。パズルピースを埋めていくと、副産物的に時系列も理解出来るようになってきます。

だから、「なるべく時系列的に理解しよう」という意識を持っておくのは大事ですが、あんまり拘らなくて大丈夫です。

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自己肯定感が高いとは?

自分史を理解することによって、間違いなく自己肯定感は高くなります。

ただ、自己肯定感が高くなるからといって、もう一生何があろうと過去に懐疑的になったりしなくなるのかというと、それはないです。

自分史を書けば、何があろうと過去に後悔しなくなるとか、これは絶対にないです。自己肯定感が高いというのは、そういうことではないです。

何らかの逆境が立ち塞がったとして、一時的には過去に懐疑的になることはあります。逆境があるとどうしても、自分がやってきたことを過小評価して、自分がやらなかったことを過大評価してしまいます。「もしも、あのときこうしていれば理想に近付けたかもしれない……」と。

でも、自分史で自己肯定感の裏付けが出来ていると、その結論が異なるんです。

過去に懐疑的になって自分史を検証してみます。でもその結果は、何度やっても自分が歩んできた過去が理想に圧勝してしまうのです。何回やっても同じです。どんなに未来に絶望しても、過去を後悔しても、絶対に過去を否定じゃなくて肯定する方が圧勝してしまうのです。最初は過去を否定する方が勝ってることもあるけど、いつも最後には肯定する方が圧勝してしまう。

自分が歩んできたこの道で得てきたものに比べれば、この道で得られなかったものなど取るに足りないのだと。過去の全てが現在を全肯定してくれます。そして行き着く結論はただ一つ、”この道が好き”。

だから、自分史を書いて検証しているにも関わらず、逆境が立ち塞がると過去に懐疑的になってしまうのは、自分史の理解が足りないからではありません、自己肯定感が低いからでもありません。ここを勘違いしないでください。

自分史を理解してからも、過去に対してどんどん懐疑的になってください。”逆境が立ち塞がって過去に懐疑的になる→過去を検証してみる→やっぱりこの道が良かったと思う”、このプロセスを体験すればするほど、自己肯定感は強くなっていきます。そして、自分自身も自分の人生も更に好きになっていきます。

自己肯定感が高いというのは、何があろうと過去に後悔しない鋼の自己肯定感ではなく、柔軟性のあるカーボンナノチューブのような自己肯定感のことです。

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