夢が叶わない理由

どれだけ頑張っても理想に辿り着けない時期がある。「なんで?」と思うだろうし、「本当に辿り着けるのかよ?」と疑心暗鬼になることだろう。

これは、その夢が叶わないことによって、何らかの副産物を回収している場合が多い。つまり、夢が叶ってからの人生をより楽しむために必要なアイテムを回収しているのだ。これら全てのアイテムを回収してから、夢が叶う。夢が叶ってしまうと、それらのアイテムは回収できなくなってしまう。

例えば、人間は非常に意思の弱い生き物であるので、夢が叶わなくて苦しいからこそ、藁をも掴む思いで何らかの行動をする。もしも、あっさりと夢が叶ったら、その行動は一生しないままだっただろう。

あとは、悲しみや苦しみを体験すると、それは未来で楽しむための爆発的なエネルギーとなります。この悲しみや苦しみの体験があるのとないのとでは、喜びや楽しさの次元が違うのです。

夢が叶わなくて苦しいからこそ、手に入れられるものというのが必ずある。どのような逆境であっても、それは人生をより楽しむために起こっています。どのような苦しみや悲しみの体験であっても、それは未来で楽しむための伏線なのです。

そして気付くだろう。夢が中々叶わなかったのが、どれだけ運が良かったことか……と。

夢は最高のタイミングで叶うようになっている。

 

目標設定について

「ザ・シークレット」で言っているのは次の手順。
1.今持っているものに感謝する。
2.願望を宇宙に願う(現在形で、既に叶ったものとして)。
3.良い気分スパイラルを維持する(悪い感情はちゃんと解放する)。

これは要するに、今現在の状態に感謝して潜在意識をクリアリングしてから、自分が欲しいもの・なりたいものを潜在意識に刷り込む作業なわけである(潜在意識には時間が流れていないため、現在形で刷り込む必要がある)。

大事なのは、現時点でどれだけ不可能に思えることだったとしても、ワクワクすることを目標にすること。どのように達成するのか?は知らなくていい。ワクワクするような最終目標だけを見据えていること。ワクワクする目標に向かって歩き続けていれば、方法は後から勝手に付いてくる。

ただ、「引き寄せの法則」を使うとき、願望(目標)の設定に間違いがある場合がある(私もよくやってしまう)。

それは、今の状況から抜け出したいという、言わば現実の否定・現実からの逃避的な欲求を目標にしてしまうこと。しかしこれは、ワクワク感ではなく、恐怖や不安の感情が強い。

例えば、年収2000万円になりたいという願望があるとする。しかし、今の生活が苦しいから年収2000万円欲しいというのと、年収2000万円あれば(具体的に)こういう生活が出来るからワクワクするというのとでは、その目標に対する感情が異なる。前者はマイナスの感情が強く、後者はワクワクの感情が強い。

ただ、恐怖や不安、嫉妬や怒りなどのマイナスの感情から生まれた目標であっても、その目標に向かって歩き続けていれば、いつの間にかその目標が自分の中でアイデンティティーとなり、プラスの感情が伴う目標に生まれ変わっていることがある。

まあだから、自分が持っている目標は、どういう感情のエネルギーが伴っているのか?を考えてみることが大事。このとき、マイナスの感情が伴っているからといって、諦めることはない。マイナスの感情で見えにくくなってるだけで、プラスの感情が必ず存在している。そのプラスの感情を大きくしていけばいい。

前例で言えば、年収2000万円あれば具体的にどういう生活が出来るのかをちょっとだけ体験してみたりする。すると、年収2000万円の生活が想像できるようになる。これだけでも大きな進歩で、生活が苦しい状態から抜け出したいというマイナスの感情ではなく、純粋に年収2000万円になりたいというプラスの感情が大きくなる。

 

成功法則と本能

人生はジェンガに似ている。

ジェンガは抜きやすいブロックを積み上げていくことが高いタワーを積み上げるためのポイントになる。抜きにくいブロックはただ抜きにくいばかりか、なんとか抜いたとしても、タワーが崩れてしまう可能性が高い。だが、抜きにくいブロックは抜きやすいブロックを先に抜いておくことで、いつの間にか抜きやすくなっていることが多い。

人生でも、これと同じことが言える。今、自分がやってて楽しいことを積み上げていくことで、一番理想的な人生のタワーが積み上がっていく。逆に、今やらなくてはいけないと思っていることを、楽しくもないのにやっても、不安定なタワーになることが多い。だが、今やりたいことをやり終えてからそれに取り組むと、それまではやりたくないことだったにも関わらず、不思議とやる気が湧いてきて、一番やりたいことになることがある。

大切なことは、自分にとって大事な欲求を優先順位が高い順に満たしていくこと。自分にとって重要な欲求を満たしていって、その領域の欲求が完全に満たされた状態になると、その次の優先順位にある欲求を満たしたくなってくる。

例えば、まずは趣味を充実させたいとする。この場合、その趣味の時間を大切にすることだ。エネルギーが全身全霊から溢れてくるまで、その趣味の時間を楽しむこと。完全に満たされると、その時間の楽しいの次元が変わる。決壊して、エネルギーが溢れてくるようになる。そうなると、興味のターゲットが次の優先順位に移って、それまでは全く興味のなかった、例えばオシャレが楽しくなってきたりする。

しかし、楽しいこと・やりたいことだけをやるって、精神的に滅茶苦茶苦しい部分がある。私も学生時代には楽しいことだけやってて、就活は馬鹿らしくてほとんどやらんかったから、既卒になってもうたわけだ。でも結局、就活から辿り着けるどの仕事よりも理想的な仕事に就けた。これは、就活期にも、既卒になっても、楽しいことだけをやり続けたからだと思う。……これだけ書くと順風満帆のように思えるけど、「本当にこれで大丈夫なんか?」って何度思ったか分からない。

成功法則教に従って、楽しいこと・やりたいことだけやるってのは、本能に背く行動だからね。今までの人類の歴史から、楽しいこと・やりたいことだけやるのは危険だと、本能に刻まれている。だから、楽しいこと・やりたいことだけやるってのは、心理的にはとっても苦しい。むしろ、楽しいことじゃなくて、苦しい努力をし続けるのは、心理的には意外と楽。

案の定、私も、就活ちょっとはしたし、既卒になってからもちょっとは就活した。つまり、本能が耐え切れなくなって、苦しい努力を求めた。しかし、3日と続かなかった(これが幸いした)。

楽しいこと・やりたいことだけやると言うと、楽をするようなイメージがあるかもしれない。でも実際は、本能に背くことだから、精神的には全然楽じゃないのです。

 

信念の性質

人間が持つ信念は滅茶苦茶に強い。そして、信念はほとんど際限なく強くなる。どんな夢だろうと叶うまでに、強くなる。ただ、信念は際限なく強くなっていくんだけど、一つだけ絶対に出来ないことがある。それは、他の信念を破壊すること。これだけは、どんなに信念を強くしたとしても、絶対に出来ない。信念の戦いは絶対に決着が付かず、どちらも自己正当化し続けて平行線のままとなり、不毛な戦いにしかならない。

だから戦争が起こるわけだけど、戦争の勝者だって、敗者を暴力で叩き潰しただけであって、敗者の信念までは叩き潰せていない。人間の信念はそれほどまでに強いのだ。

また、どれだけこちらが親切心でやってあげたことだろうと、それが相手の信念に反したことだったら、その人にとっては人格否定されたと感じてしまう。自分の信念が攻撃されたと思ってしまうのだ。

だから、非合理的な信念を持ってしまっていると、非常に厄介なことになる。しかし、人間の深層心理には、苦労しない方と苦労する方とでは、後者の方が効果が高いに決まっているという信念が存在している。苦労しない方が効果が高いなんてあり得ないという信念が深層心理に存在している。特に、学校教育では、その信念が強化されてしまう。苦労しないことが悪だと刷り込まれてしまうのだ。

例え、どれだけ具体的・客観的な数値で合理的だと示されている場合であっても、深層心理にある信念が都合の良いイメージを作り上げて、それを信じさせないようにしてしまう。

これは私にも体験があるので、その話をしてみる。今から18年程前に、初めてポケモンの攻略本(フシギバナが表紙の本だったかな?)を買ったとき、技一覧のページを見て驚愕した。だって、私のリザードを何十回と葬り去ってきた「バブルこうせん」が、秘伝技の「なみのり」より弱いはずがないじゃないか!そもそも、無限に覚えられる「なみのり」が貴重な技マシンを使う「バブルこうせん」より30も弱いはずがないじゃないか!そうして私は「バブルこうせん」を使い続けた。つまり、攻略本に書いてあった客観的な数値よりも、自分で作り上げた都合の良いイメージを優先したのだ。

では、非合理的な信念を持っていたら、どうすればいいのか?実は、信念は破壊されることはないが、それに代わる新しい信念で置き換えることが可能である。信念そのものは深層心理に残るんだが、機能しなくなる。

例えば、「友達と遊ぶのはそれほど楽しくない」という信念を持っていた人が、友達と遊んで滅茶苦茶楽しい体験を一度でも体験してしまえば、「友達と遊ぶのは楽しい」という信念が生まれる。また、「一人で過ごす時間は孤独でつまらない」という信念を持っていた人が、一人の時間で滅茶苦茶楽しい体験を一度でも体験してしまえば、「一人の時間は楽しい」という信念が生まれる。

人間の心はキャンバスのようになってて、一度でも塗られた呪縛や心残りが完全に晴れるということはない。だが、その上に、その呪縛や心残りを凌駕する何かが現れれば、その呪縛や心残りはもう機能しなくなるのだ。

 

Amazonで安く買い叩く法

私が住んでる街(人口10万人規模)の本屋には、名著と言われるトレード本(「ゾーン」とか「投資苑」とか)は全く売ってない。一回だけ、「デイトレード」が並んでいる所を見て感動したことがあるが……。トレード本ほど酷くはないが、参考書や成功本でも同じで、地方ではマニアックな名著が売っていない。

受験の場合は、どんな問題集だろうと、一通り理解暗記すれば学力に繋がる。しかし、トレードの場合は、悪書を極めてしまうと、一生間違った努力をしてしまう可能性がある。ゆえに、トレーダーになろうと思っても、本屋に平積みされてる悪書に洗脳されて、一生養分であり続けることになってしまう可能性がある。

だから、Amazonを使おう!成功本であってもトレード本であっても一般書であっても、自己投資に使う教材はAmazonで徹底的に買い叩くことをお勧めする。

と言うことで、今日は、私がサバイバル時代に身に付けた、Amazonで安く買い叩く法について書いていきます。私はこの方法で、名著と言われるトレード本のほとんどを定価の半額程度でゲット出来ました。本だけじゃなくて、CDでもゲームでもDVDでも、何にだって応用できます。

それで、ズバリ言うと、Amazonのマーケットプレイスで買うと安く買えるのです(私は使ったことないが、ヤフオクでもいいかも?)。

で、マーケットプレイスでの買い方なんだが、すぐに欲しい商品は最安値で出している出品者からすぐに買えばいい(但し、出品者の評価には注意しておくこと。めっさ遅いときがある)。

ただ、すぐに欲しくもない場合は、安く買い叩くためのテクニックがある。

まず、目当ての商品を欲しいものリストにいれておいて、毎日のブックマーク循環のときに、マーケットプレイスでの最安値を記録しておくのだ(メモ帳とかにね)。そして、しばらく記録してから、その最安値を下にブレイクダウンした所で買えばいい。こんな感じで(実際の記録です。1950円の安値を割った所で買った)。

「規律とトレーダー」(2940):2250、2429、2428、2050、2230、1950、2630、2392、2629、2250、2550、2500、1750L(59.52%)

価格を記録するのは面倒臭いかもしれないが、1日20秒程の作業で1000円以上節約出来るんだから、やらない手はない。時給換算すればとんでもないことになる。

で、マーケットプレイスで買うだけでもかなり買い叩けるんだが、更に効果的に買い叩けるようになる方法がある。

それは、amatenでAmazonギフト券を買い叩いておくのだ。こちらもブックマーク循環のときに、大体95~96%以下で売りが出ていたら買っておけばいい。これだけでAmazonの全商品が実質5%引きで買えてしまう。

以上をまとめると、amatenでAmazonギフト券を買い叩いておいて、その買い叩いたAmazonギフト券を使ってマーケットプレイスで欲しいものを更に買い叩けばいいのだ。

ただ、成功本を買うときは、当サイトの「おすすめ書籍」のページから新品を買おう!

 

未来への種

自信喪失の厄介な所は、意識的には自信喪失していると気付かないことにある。自分で気付かない内に、潜在意識に「自分には出来ないんだ」ってことが刷り込まれてしまう。確かに、本当に出来ないことなのかもしれない。しかし、「自分には出来ない」という思い込みが、必要ない所まで拡大し過ぎてしまうのだ。これが厄介。

例えば、絵が上手く描けないからデザインは出来ないとか、リスニングが苦手だから英会話出来ないとか。苦手だったことや出来なかったことだけに留まらず、出来ない範囲を拡大解釈してしまう。そうやって無意識の内に、自分で自分の可能性を狭めてしまう。でも、それは潜在意識で起こってることだから、自分で自分の可能性を狭めていることに気付けない。

まあそれはともかく、目標達成まで等速直線運動で辿り着けることというのはまずない(こちらの記事を参照)。

必ず、壁にぶち当たる。壁にぶち当たると、嫌な感情が出てきます。「今こんな状況なのに、全く進んでいないのに、本当に辿り着けるのかよ?」って滅茶苦茶不安になってきます。このときは、無理矢理良い気分になったり、無理矢理プラス思考にならないでください。成功本に逃げないでください。それをやると、潜在意識の底に嫌な感情が溜まってしまう。いつか、それが大爆発を起こしてとんでもないことになってしまう。

逃げずに、その嫌な感情を感じてください。泣いてもok、嘆いてもok、「無力だ」と空を見上げてもok。そうやって嫌な感情を味わってから、その逆境に含まれている未来への種を見つけるんです。逆境の中には、必ず、何らかのメッセージがあります(多くの場合、その逆境がなければ、一生しないであろう何らかの行動を自分に促している)。

未来への種を見つけて、嫌な感情が和らいできたら、なんてツイてるんだ、なんて運が良いんだと。人生は何もかもが上手く行っているじゃないかと。しかも、自分はちゃんとやるべきことやってるじゃないか、栄光を手にするのはもうすぐなんだと。自分を称えてください。それから、自分にとって至福の時間をもたらしてくれることで、良い気分のスパイラルを作り出しましょう。ワクワクしていきましょう。残念ながら、未来は明るく楽しいんです。

ゴールに辿り着くまでには、何度も倒れることになると思います。でも、その度に立ち上がればいいんです。前に進んでいるからこそ、壁にぶつかる。そして、乗り越えた壁は自分を守る壁となる(ほとんどの人はここで諦めてしまうのだから……)。新しいことに挑戦し続ける限り、壁にぶつかったときの地獄のような嫌な感情から逃れることは不可能なのです。これは、人生のフロンティアに対する必要経費と思うしかない。

私も偉そうなことを書いてますが、壁にぶち当たって、嫌な感情が出てきて、不安で仕方なくなることも当然あります。こうして書くことによって救われている面もあるのです。わざわざ読んでくれている人がいたら、ありがとうございます。

 

出来る・出来ない

リア充というレッテルが貼られているけども、あれって、人間として当然の欲求じゃないですか。充実した仕事に就きたい、恋人や親友と楽しい時間を過ごしたい、幸せな家庭を築きたい、趣味を充実させたい……。優先順位はあれども、これらの欲求が無い人っているんですか?どれも人間として当然の欲求だと思うのだが……。

人間として当然の欲求を満たせる力は、誰にだって備わっています。「出来ない」と思い込んでいるだけなんです。知らず知らずの内に自信喪失させられてしまっている。

日本中が「出来ない」という刷り込みに染まってしまっている。例えば、韓国や中国に逆転されたら、もう再逆転は出来ないという諦めたような雰囲気があると思います。リードしているストックで逃げ切る以外にないと思い込んでしまっている。まるで、サッカー日本代表(男)のような感じ。もっと、なでしこジャパンのような雰囲気で行こうぜと。取られたら取り返せばいいんですよ。殴られたら殴り返せばいい。逆転されたら、また逆転するために走り出せばいい。

自分が欲しいものを手に入れたり、自分がなりたいものになろうとするために、泥にまみれながらも努力する姿が格好悪いという風潮があります。無視してください。努力しない自分を正当化したり、下剋上されるのが恐いから、そういう風潮にしておきたいだけです。

どれだけ周りに味方がいなかったとしても、自分で自分を応援していきましょう。「よくやってるなあ」とか「よくここまで来れたなあ」とか言っていきましょう。結果が出てきたら、「よくやったなあ(涙声)」って自分で自分を褒め称えてあげましょう。今は一人であっても、必ず味方が現れます。そして、自分一人で逆境を乗り越えるという体験は、必ず役に立ちます。なぜか最近は、一人でいることが馬鹿にされる風潮があるみたいですけど、「死んだ犬を蹴飛ばす者はいない」、一人で主体的に行動出来たり、一人の時間を楽しむ能力があることに嫉妬しているだけです(断じて、社交性やコミュ力が必要ないとか重要でないと言っているのではない)。

潜在的に「自分には出来ない」と刷り込まれているから、一歩踏み出しても無駄だし、歩き続けても辿り着けないだろうなと思ってしまう。

例えば、ゴールまで1000万kmあったとする。でも、自分は1年間に10万キロのペースでしか歩けない。理想を目指すときというのは、えてしてこういう状況にあります。だから、自分には無理だと思う。しかし、それでも歩いて行けば、自転車が見つかったり、自動車が見つかったり、ヒッチハイク出来たりするんですよ。そういうのが見つからなくても、歩く速度が上がっていくし、少しずつ走れるようになっていく。

ゴールまで辿り着けないかもしれない。途中で無様に消える運命かもしれない。努力すれば成功するか?マイノリティーが逆襲できるか?そんなの誰も保障なんて出来ません。それでも、一歩踏み出して歩き続けていけば、別のゴールに辿り着ける可能性だってあるわけですよ。途中でもっと理想的なゴールを見つけて、そっちに行ける可能性だってある。行動すれば、少なくとも何かが変わる。

例えば、今は恋愛離れが起こっていて、恋人がいない人の半分は諦めてるらしい。統計的に有意かどうかはともかく、この情報について、どう捉えます?一つは「どうせイケメンが複数の恋人を作るだけだろう。チャンスなんて生まれない」というもの。もう一つは「諦める人間が減っている分、チャンスだ!」というもの。……これって、両方正しいと思うんですよね。自分が信じている方が現実になる。物事をポジティブに考えたとしても、ネガティブに考えたとしても、どっちも正しい。選んだ方が現実になる。

「出来ると信じても、出来ないと信じても、どっちも正しい」ヘンリー・フォード

 

確率と音楽

今日も、ちょっと違う切り口から確率的思考の話を。

私はゲームも好きなんだけど、それと同じ位、音楽が好きなんですね。それで、新曲を聴いていると、自分の人生がPVになっているような物凄い曲と出会えることがあります。タイムリーに自分の人生と一致してしまう、言わば、この世界が自分のためだけに作ってくれたとしか思えないような曲。そういう曲を”神曲”と呼ぶことにしましょう。

私の場合、世間がどんどん音楽離れしていくのとは逆行して、毎年毎年コンスタントに10曲前後の神曲が登場している。だから、世界中で音楽離れが起こっているのに、音楽の神様に愛されている!これは奇跡だ!と、つい最近まで割と本気でそう思っていた。

しかし、トレードをやり続けている内に、あることに気付いた。「これ、奇跡でも何でもなくて、確率的に妥当なんじゃないのか?」と。

私のように1年間で150~200曲程度の新曲を聴いていれば、その中から10曲前後の神曲が出てくるのは何ら奇跡ではないのでは?もっと正確に言うと、毎日音楽を聴く習慣があって、自分の価値観から選択されたアーティスト連合の新曲を年間150~200曲程度聴いてれば、その中から神曲が10曲程度出てくるのは、確率的に妥当なことなんじゃないかと。奇跡でも何でもなくて、このライフスタイルを続けていれば、確率統計的に当たり前に起こる事象が起きてるだけのことなんじゃないかと。

ただ、やっぱりタイミング的に明らかにおかしい曲というのがある。「これ、私の人生の工程表を見ながら作っただろ……」としか思えない曲が、1週間単位でタイムリーに登場することが度々ある。この現象は、確率では説明できない。これは奇跡だと思う(やっぱり、私は音楽の神様に愛されているのだろう)。だから、神曲1曲1曲との出会いは奇跡だ。しかし!!1年間トータルで神曲が10曲程度出現するのは奇跡でも何でもないのだ(ここ超重要)。 ※1 ※2

確率と音楽の話をもう一つしておくと、統計的に信頼できるアーティストの場合、今回のアルバムはそれほど良くなかったとしても、次のアルバムは買った方がいい。例えば、アルバム曲が10曲連続で気に入らなくても、それは確率統計的に普通に起こり得ることでしかない。次のアルバムは、神曲・名曲が大量に入ってるモンスターアルバムになる可能性もある。実際、個人的にではあるが、このパターンは多い。あんまり良くねえなあと思ってたアルバムの次に、とんでもないアルバムが来てしまう。しかしこれは、平均回帰してるだけなのだ。だから、アルバムが1枚悪かっただけで、「このアーティスト終わったな……」と思って次のアルバムを買わなくなってしまうのは実に勿体無い。

※1
トレードで言うと、レンジブレイクで100回エントリーしたとして、どれが利益になるかは分からないが、結構な利益になるトレードが出てくるのは間違いないということ。

※2
音楽に限らずこれを一般化すると、その趣味を楽しめるライフスタイルが確立されていれば、嫌でもレジェンド級のコンテンツと出会えてしまうということになる。だから、趣味を楽しめるライフスタイルを生活の中に確立しておくことがいかに重要なのかということだ。至福の時間を積み上げていけば、それは更なる至福を生み出す。本当に、自分の価値観に完全フィットした確固とした趣味があるのは強いと思う。私自身も、今までにどれだけ助けられてきたか分からない。本物の趣味は、どんな逆境であろうと、一瞬で良い気分に戻してくれる。

 

理想と現実

夢を持っていたとしても、それはすぐには叶わない。理想と現実のギャップが生まれる。人生は計画通りには行かないのだ。

だが、理想とはあくまで想像であり、人間は線形的にしか想像出来ない。一方、現実(人生)は線形的には推移しない。現実は曲線的、指数関数的に推移する。

01

この、現実が理想をぶち抜いた瞬間こそが、夢が叶った瞬間と言えるだろう。

これで大切なのは、常に今の現実を楽しんでいくこと。理想と現実のギャップは気にすることはない。だが、今現在を楽しんでいないと、現実が理想をぶち抜く所まで歩いて行けない。楽しくないとそこまで続かない。

あと、夢を叶えるまでには、99.99%諦める場面が必ずやって来る。心の中ではほとんど諦めながらも歩いて行かなければいけない。だが、これにもちゃんと意味がある。それは潜在意識でクリアリングが起こるということ。99.99%諦めた状態を体験することで、夢が叶った状態に対する期待感や願望といった無駄な雑念が消え去るのである。潜在意識にて、夢が叶うことに抵抗がある状態から、夢が叶っても抵抗がない状態になる。夢は諦めた直後に、結構あっさりと叶ってしまう。

そして、夢は叶ってからが本番なのだ。現実が理想をぶち抜く瞬間というのは、あくまで始まりに過ぎない。現実が理想をぶち抜いてからの日々を体験してしまうと、それまで描いていた理想が余りにも低すぎたことに気付く。夢が叶うと、夢を叶えるまでの自分が描いていた最大級の理想を現実が突き抜けていってしまうからだ(”min 現実>max 理想”になる)。泣けるほど楽しい日々は、夢を叶えた瞬間から始まる。思考は現実化する……と言うより、現実は思考を超越化してしまう。

理想と現実2

現実が理想をぶち抜くまでに要する時間は人それぞれだと思うが、私の事例で言うと、今までに叶った夢は2つあって、2002年に描き始めた夢が2006年に叶って、2007年から描き始めた夢が2011年に叶った。だから、参考になるかどうかは分からないけど、私の場合は、大体4年間で現実が理想をぶち抜くのかなと。私の知り合いに聞いてみても、大体4~5年が一つの目安かなと。

ただ、最後に夢が無いことを書くけど、夢を叶えてからも現実は続いていく。夢を叶えて最高の日々がやってきたからと言って、楽にはならない。人生の難易度も同時に上がる。夢が叶って手に入れた環境や仲間があることが前提の難易度にまで上がるのである。残念ながら、ゲームと違って人生では無双は出来ないようになっている。しかし、夢が叶って手に入れたものが必ず助けてくれる。人生で無双は出来ないが、攻略は出来るのだ。

 

必然の法則

「引き寄せの法則」ともう一つ面白い法則がある。それは、「必然の法則」と呼ばれるもので、”自分の人生は、自分が生まれる前に書いてきたシナリオ(工程表)通りに進行する”というもの。

人生の大局は最初から決まっていて、この工程表通りに進行するのだが、自分の力で解決できないイベントは発生しない。だから、人生を恐れる必要はない。どんな逆境が立ちふさがっていようと、必ず解決できる。

で、これを逆説的に言うと、「今現在まで、自分の人生は何一つ無駄のない最高の物語を突き進んでいる」ということになる。

人生では、理不尽な逆境は存在しない。どんな逆境も、自分の人生を最高の物語にするために起こる。言ってみれば、今日起きた最悪の出来事は、想像出来る限りの最高の出来事より、人生を豊かにする。後から振り返ってみると、そうなっている。

そして、人生に必要なものは全部、最高のタイミングで奇跡的に無償提供されるようになっている。そういう風に工程表を書いてきているし、人生はそうなっている。嫌でも無償提供されてしまう。神の手が働いたとしか思えない展開で無償提供されてしまう。

問題はこれを信じられるかどうか、自分の人生を信じられるかどうか。余程のことがない限りは信じられないと思う。

では、どうすれば自分の人生を信じられるようになるのかと言うと、自分の人生について検証や内省を習慣的にやればいいのです。

これをやっていると、自分の人生を信じられるようになってきます。何百回、何千回と、過去を振り返っている内に、奇跡の物語に気付くときがやってくる。そうなると、今までが奇跡だから、これから奇跡が起ころうと何とも思わなくなってしまう。奇跡は自分の人生を最高の物語にするために、当たり前に起こるもの。そう思えるようになるんじゃなくて、そう思わざるを得なくなる。そうなると、成功法則で言ってることが当たり前のこととしか思えなくなってしまう。

しかし、いざ文章にしてみると、やばいねえ……。新興宗教の教えみたいになっとる。でも、自分史を検証・内省するのを習慣にしていると、そうとしか言いようがないと言うか……。

ただ、こういう考え方を押し付ける人には気を付けましょう。当ブログでは、こういう考え方があるよと紹介しているだけです。

あと、恐らく誰にだって、自分の人生にネガティブイメージを抱いてしまう時期があります。むしろ、人生にネガティブイメージを抱いていた人じゃないと、こう思えるようにはならないんじゃないかな?

しかし、どんな逆境だろうと必ず乗り越えられる。乗り越えた先に栄光が待っている。そして、自分の人生が好きになります。「こんなに面白い物語に、どうして今まで気付かなかったんだ!」と。逆境の後に見える景色は、美しいの次元が違うのです。