信念の性質


人間が持つ信念は滅茶苦茶に強い。そして、信念はほとんど際限なく強くなる。どんな夢だろうと叶うまでに、強くなる。ただ、信念は際限なく強くなっていくんだけど、一つだけ絶対に出来ないことがある。それは、他の信念を破壊すること。これだけは、どんなに信念を強くしたとしても、絶対に出来ない。信念の戦いは絶対に決着が付かず、どちらも自己正当化し続けて平行線のままとなり、不毛な戦いにしかならない。

だから戦争が起こるわけだけど、戦争の勝者だって、敗者を暴力で叩き潰しただけであって、敗者の信念までは叩き潰せていない。人間の信念はそれほどまでに強いのだ。

また、どれだけこちらが親切心でやってあげたことだろうと、それが相手の信念に反したことだったら、その人にとっては人格否定されたと感じてしまう。自分の信念が攻撃されたと思ってしまうのだ。

だから、非合理的な信念を持ってしまっていると、非常に厄介なことになる。しかし、人間の深層心理には、苦労しない方と苦労する方とでは、後者の方が効果が高いに決まっているという信念が存在している。苦労しない方が効果が高いなんてあり得ないという信念が深層心理に存在している。特に、学校教育では、その信念が強化されてしまう。苦労しないことが悪だと刷り込まれてしまうのだ。

例え、どれだけ具体的・客観的な数値で合理的だと示されている場合であっても、深層心理にある信念が都合の良いイメージを作り上げて、それを信じさせないようにしてしまう。

これは私にも体験があるので、その話をしてみる。今から18年程前に、初めてポケモンの攻略本(フシギバナが表紙の本だったかな?)を買ったとき、技一覧のページを見て驚愕した。だって、私のリザードを何十回と葬り去ってきた「バブルこうせん」が、秘伝技の「なみのり」より弱いはずがないじゃないか!そもそも、無限に覚えられる「なみのり」が貴重な技マシンを使う「バブルこうせん」より30も弱いはずがないじゃないか!そうして私は「バブルこうせん」を使い続けた。つまり、攻略本に書いてあった客観的な数値よりも、自分で作り上げた都合の良いイメージを優先したのだ。

では、非合理的な信念を持っていたら、どうすればいいのか?実は、信念は破壊されることはないが、それに代わる新しい信念で置き換えることが可能である。信念そのものは深層心理に残るんだが、機能しなくなる。

例えば、「友達と遊ぶのはそれほど楽しくない」という信念を持っていた人が、友達と遊んで滅茶苦茶楽しい体験を一度でも体験してしまえば、「友達と遊ぶのは楽しい」という信念が生まれる。また、「一人で過ごす時間は孤独でつまらない」という信念を持っていた人が、一人の時間で滅茶苦茶楽しい体験を一度でも体験してしまえば、「一人の時間は楽しい」という信念が生まれる。

人間の心はキャンバスのようになってて、一度でも塗られた呪縛や心残りが完全に晴れるということはない。だが、その上に、その呪縛や心残りを凌駕する何かが現れれば、その呪縛や心残りはもう機能しなくなるのだ。