今日も、ちょっと違う切り口から確率的思考の話を。
私はゲームも好きなんだけど、それと同じ位、音楽が好きなんですね。それで、新曲を聴いていると、自分の人生がPVになっているような物凄い曲と出会えることがあります。タイムリーに自分の人生と一致してしまう、言わば、この世界が自分のためだけに作ってくれたとしか思えないような曲。そういう曲を”神曲”と呼ぶことにしましょう。
私の場合、世間がどんどん音楽離れしていくのとは逆行して、毎年毎年コンスタントに10曲前後の神曲が登場している。だから、世界中で音楽離れが起こっているのに、音楽の神様に愛されている!これは奇跡だ!と、つい最近まで割と本気でそう思っていた。
しかし、トレードをやり続けている内に、あることに気付いた。「これ、奇跡でも何でもなくて、確率的に妥当なんじゃないのか?」と。
私のように1年間で150~200曲程度の新曲を聴いていれば、その中から10曲前後の神曲が出てくるのは何ら奇跡ではないのでは?もっと正確に言うと、毎日音楽を聴く習慣があって、自分の価値観から選択されたアーティスト連合の新曲を年間150~200曲程度聴いてれば、その中から神曲が10曲程度出てくるのは、確率的に妥当なことなんじゃないかと。奇跡でも何でもなくて、このライフスタイルを続けていれば、確率統計的に当たり前に起こる事象が起きてるだけのことなんじゃないかと。
ただ、やっぱりタイミング的に明らかにおかしい曲というのがある。「これ、私の人生の工程表を見ながら作っただろ……」としか思えない曲が、1週間単位でタイムリーに登場することが度々ある。この現象は、確率では説明できない。これは奇跡だと思う(やっぱり、私は音楽の神様に愛されているのだろう)。だから、神曲1曲1曲との出会いは奇跡だ。しかし!!1年間トータルで神曲が10曲程度出現するのは奇跡でも何でもないのだ(ここ超重要)。 ※1 ※2
確率と音楽の話をもう一つしておくと、統計的に信頼できるアーティストの場合、今回のアルバムはそれほど良くなかったとしても、次のアルバムは買った方がいい。例えば、アルバム曲が10曲連続で気に入らなくても、それは確率統計的に普通に起こり得ることでしかない。次のアルバムは、神曲・名曲が大量に入ってるモンスターアルバムになる可能性もある。実際、個人的にではあるが、このパターンは多い。あんまり良くねえなあと思ってたアルバムの次に、とんでもないアルバムが来てしまう。しかしこれは、平均回帰してるだけなのだ。だから、アルバムが1枚悪かっただけで、「このアーティスト終わったな……」と思って次のアルバムを買わなくなってしまうのは実に勿体無い。
※1
トレードで言うと、レンジブレイクで100回エントリーしたとして、どれが利益になるかは分からないが、結構な利益になるトレードが出てくるのは間違いないということ。
※2
音楽に限らずこれを一般化すると、その趣味を楽しめるライフスタイルが確立されていれば、嫌でもレジェンド級のコンテンツと出会えてしまうということになる。だから、趣味を楽しめるライフスタイルを生活の中に確立しておくことがいかに重要なのかということだ。至福の時間を積み上げていけば、それは更なる至福を生み出す。本当に、自分の価値観に完全フィットした確固とした趣味があるのは強いと思う。私自身も、今までにどれだけ助けられてきたか分からない。本物の趣味は、どんな逆境であろうと、一瞬で良い気分に戻してくれる。