略奪せよ!

後ろ向きな感情から出てきた願望というのは、大抵は良い結果を産まない。○○がないから、○○が出来ないから、この仕事をやるしかないというような後ろ向きな考えは捨てるべきだと思う。そうじゃなくて、自分のやりたい仕事をする、自分の望むような人生を送る。そのためには、何だってする。これを基本姿勢にすることが大事。

苦手なことがあったとしても、それは一旦考えから捨てるべきだ。そうやって、出来るだけまっさらな状態で自分について考える。どういう人生を送りたいか、どういう自分になりたいかを考える。この目標を達成するために苦手なことを克服する必要があったとしても、その過程で自然と克服される。しかし、○○が苦手だ、○○が出来ないという思い込みがあると、自分が望むような人生を送るための道を(無意識の内に)閉ざしてしまうことになるかもしれない。

いずれにしても、後ろ向きだったり何かを守り通すといったような受動的な考えはやめた方がいい。略奪してやる!!位の気持ちでいくべき。この世界から、自分が望む以上の現実を勝ち取ってやるんだと。ほぼ間違いなく言えることは、国や社会(他者)は、自分が望む人生を与えてはくれない。自分が望む生き方をしようとすると、かなりの高確率で反発を食うことだろう。理想を凌駕する現実は、誰も与えてはくれない。自分の手で勝ち取らなければいけない。

 

努力は顕在化する

努力はすぐに成果には繋がらない。ある程度貯まらないと使えないポイントのようなものだ。そして、筋トレは1000ポイント、数学は3000ポイント、トレードは50000ポイントのように、目に見える成果として顕在化するまでに必要な努力量は異なる。ただ、努力の成果がすぐには出なくても、努力が顕在化するのが遅れれば遅れるほど、顕在化したときにとんでもない果実が得られる。

……まあ、人によっては合わないことというのもあるから、早めに損切りすることも重要である。要は、その努力が楽しいかどうか、その努力の先に待っている果実が本当に魅力的かどうか、自分の価値観ではなく世間様や第三者の期待を満たそうとしていないか。楽しい努力は嘘を付かないし、夢や希望はモチベーションを維持してくれる。

現実を直視して、自分にやれることは全てやること。そうすれば、少なくとも後悔することはない。

「誰でもその人にそれだけの器量があれば、本当に用意ができているのなら、最良のものが向こうからやって来るのです」ナポレオン・ヒル

これは「思考は現実化する」の序章に載っているヒル博士の言葉だが、100冊以上成功本を読んできた中でも一番好きな言葉だ。今までにこれ以上の名言には出会ったことがない。

 

熱して冷ませず

昨日の続き。

中毒になっていた時期は断じて、黒歴史ではないと思う。ネット中毒にしても、馬鹿らしくなるときはやってくるが、それまで楽しんでいた時間はかけがえのない思い出になる。

日本人は、熱しやすく冷めやすい。更に、中毒になっていたり熱狂していたものが冷めると、その時期をいとも簡単に貶してしまう傾向があるように思う。なぜに、自分が熱中したことを、そうも簡単に切り捨ててしまうのか?アイドルだろうとアニメだろうとネットゲームだろうと韓国ドラマだろうと、本気で熱中して楽しんでたんだから、もっと堂々としてればいいのに、何も恥ずかしいことはないのに。

では、なぜにこういう傾向があるのか?それは恐らく、世間様に笑われたりする前に、自分で黒歴史にしてしまえば、世間様から笑われることはなくなるからだと思う。日本では世間様の力が余りにも強大だ。教育やメディアなどを通して、世間様から笑われること(≒多数派から外れること)は致命的なことだと潜在意識に刷り込まれてしまう。だから、何としてでも世間様から笑われることは避けたい。その回避行動として、世間様から攻撃される前に、自分で自分を攻撃する。そうすれば、世間様から攻撃されるという最悪の事態は回避される。

でも、それでも、その当時の自分は、それが楽しくて楽しくて仕方なかったんだから、尊重してあげればいいのにと思う。それに、どれだけ過去を貶したとしても、そのとき熱中したコンテンツに楽しませてもらったこと、今の自分を作ってくれたこと。この事実は一生変わらない。だったら、世間様の空気に同調・迎合して過去を貶したり恥ずかしがるより、堂々と感謝する方が得じゃないだろうか?

これから何をするにしても、過去に裏付けされた個性が発揮される。これから新しく出会うこと、それは仕事だろうと人間関係だろうと趣味だろうと、どういう切り口で、どういう方法で、それに取り組んでいくのか?この個性と出会うことで、どういう化学反応が起こるのか?どういう思い出が生まれるのか?

唯一無二の過去に裏付けされた個性を発揮して、ユニークな方法で攻略していくからこそ、人生は面白い。

例え、村八分されることになったとしても、過去を肯定して、自分自身を尊重して、個性を発揮していくことだと思う。社会で評価されるかどうかは関係ない。まず第一に人生を楽しむために、個性を発揮していくべき。個性を発揮出来れば、成功するかどうかは分からないが、楽しいことだけは間違いない。

 

得意・不得意

自分が得意だと思うことには、どうしてもバイアスが掛かってしまう。

自分にとって当たり前過ぎて気付かないようなことが、本当の意味で自分の得意なことだったりする。逆に自分で得意だと思っているようなことは、あくまでそうなりたいという願望であることが多い。

これについては、自分の評価よりも、バイアスが掛からない他人の評価や客観的な結果を信用した方がいい。人に指摘されたり人から評価されて初めて、自分の得意なことが分かる。

自分が得意だと思っていることが実はそうでもなかったり、逆に自分では良くないと思い込んでることが実はそうでもなかったりする。自分で自分の強みだと思っていることよりは、他人がそう評価してくれた部分を伸ばしていくべきだと思う。他の人達は高く評価してくれているのに、自分勝手なセルフイメージでそれを否定するのは勿体無い。

ただ、人生全体で考えれば、人間には得意・不得意なんてなくて、自分の強みを生かせさえすれば、どんな不得意なことでも得意なことになってしまう。

例えば、製造業で考えてみれば、ここ100年の歴史で、一番製造業が得意な国はどこか?イギリスか?アメリカか?日本か?ドイツか?韓国か?中国か?

たった100年の間に王者がコロコロ変わってるわけで、どことも言えないだろう。ただ、王者になってるときの共通点はあると思う。それは、運が良かったことと、自国の強みを最大限に生かしたこと。運が良いときは長所が最大の武器になるが、運が悪いときは長所が最大の弱点になる。だから、厳密な意味では人間に得意・不得意というのはなく、自分の強みを生かせるかどうかだと思う。国や企業ですらも得意分野がコロコロ変わるんだから、人間一人一人の人生で何が得意分野になるかなんて誰にも分からん。

ただ、最初に書いたように、自分が得意だと思いたいことに固執してしまうと、自分の可能性を狭めてしまう。本当に人生は先が読めない。それまで辿ってきた道からすると信じられないようなことが滅茶苦茶楽しくなったりする。やってみないと分からない。だが、自分はこうなんだと決め付けてしまうと、それをやってみることさえもシャットアウトされてしまう。

 

情報解釈

人間は、同じ情報にも関わらず、それを解釈して良い気分になることも、嫌な気分になることも出来る。

いずれの場合も、自分に都合良く情報を解釈するわけだが、自分が攻撃されてると感じるような情報というのは、その情報の発信者には何の悪意もないのに、自分自身で都合良く情報を解釈して、勝手に攻撃されていると思い込んでいる。

例えば、劣等感/コンプレックスというものは、本人しか気にしていない。他人からすれば「なぜにそんなことで?」というようなことが、劣等感/コンプレックスになっている。つまり、自分に都合良く情報を解釈して、それを劣等感/コンプレックスと結び付けることで、嫌な気分になっている。

そもそも、人はどうして情報を発信するのかと言うと、全ては自分の信念のため。例えば、ネット上でアンチ活動してる人も、全部自分のためにやっている。人間は、純粋に誰かを誹謗中傷することは出来ない。自分の信念を守るための行動しか出来ない。だから、純粋に誰かを攻撃するためだけの情報というのは存在していない。間接的に誰かを攻撃する情報はある。だがそれにしても、その誰かを直接攻撃するための情報ではない。つまり、あらゆる情報発信は、全て自分自身のためだけに行われていると言える(言うまでもなく、当サイトも例外ではない)。

だから、何らかの情報を見て、攻撃されている!と感じた場合は、ちょっと落ち着いて、自分が掛けてしまったバイアスを認識してから、再度情報を解釈した方がいい。それは攻撃されたんじゃなくて、自分が攻撃されたと自分で都合良く解釈しただけ。もしかしたら、自分にとって有益な情報かもしれない。

 

都合の良いイメージ

人は、自分の信念と対立する案が出てくると、極論を出してそれを否定することがある。つまり、自己正当化するために、都合の良いイメージを作り出してしまうのだ。

例えば、改造コードを肯定すると、「改造コードなんて使ったら、ゲームが簡単になってつまらなくなる」という意見が返ってくることがある。いや、あくまで、つまらない退屈な単純作業を作業圧縮するためにだけ使えばいいと言っているのだが……。ゲームをより楽しむためのツールとして改造コードの使用を推奨しているんであって、そんな使い方をしては本末転倒である。ちなみにこれ、改造コード使う前の私もこんな感じの信念を持ってた。

あとは、信用口座を開くのは危険だという意見もある。この場合は、信用口座を開いたら、常に全力信用で取引しなければいけないという極論が持ち出される。……いや、信用買い出来るのは便利だし、空売りをするために開いた方がいいんであって、全力信用でやれなんて一言も言ってないんだが……。信用口座を開いた上で、小さい玉建てていけばいいじゃんと。と言うか、それが正しい信用口座の使い方。総資金の200~300%の玉になるのは、含み益を担保にして増し玉していったときだけにしないと危険。

あとは、クレジットカードは危険というのもある。これも、キャッシングやらリボ払いやら使わなければいいだけ。消費規律が確立してたら、カードでポイント還元した方が現金で買うより得。

信念の性質で厄介なのは、相手のことを親身に思って提案していることであったとしても、相手の信念に背いていることだったら人格攻撃だと認識されてしまうことだ。

大事なのは、取り敢えずやってみて、意外とイケそうだったら取り入れてみることだと思う。合わなかったら破棄すればいい。試してもいないのに、都合の良いイメージで最初から否定してしまうというのは、余りにも勿体無い。

どうせ失うものなんて何もないんだから、取り敢えずやってみようぜ。

 

破滅願望

人間は誰しもが、破滅願望を持っている。ただ違いがあるのは、その破滅願望が活性化してるかどうか。破滅願望が活性化していると、滅亡に向かうような行動を取ってしまう。

では、破滅願望はどういうときに活性化するのかと言うと、失敗や敗北の直後というのが一つ。「バクマン。」の「タントやめたい!」も、まさにこれだ。

トレードの話をすると、何らかの不運に見舞われて、1回のトレードで3ヶ月分の利益を吹き飛ばしてしまったとする。そうなると、一刻も早くそれを取り戻さなければいけないという感情になり、資金管理を無視したとんでもなくでかい玉でトレードして、更にとんでもないことになってしまう。

破滅願望が暴走しているときは辛いが、このときは一発逆転に賭けてはいけない。仮に、その「まじん斬り」が当たったとしても、そういうことを続けていたらいつかは破滅してしまう。

破滅願望が活性化するのは、失敗や敗北の直後だけではない。成功や勝利の直後にも活性化する場合がある。

これも、トレードの例を出すと、物凄い利益を叩き出したとする。そうなると、もう一度物凄い利益が叩き出せると思い込んで、資金管理を無視したとんでもなくでかい玉でトレードして、とんでもないことになってしまう。

逆転してやろうという野心を持つのはいいが、一発逆転は狙うべきではない。人生は短期決戦ではなく、長期戦である。自分に出来ることを継続していけば、必然的に成果は出てくる。逆転するために奇策など必要ない。コツコツとスキルを磨き続けていけばいい。諦めずに、毎日継続していけばいい。この正攻法こそが、一番の近道なのだ。

とにかく、続けること、やめないこと、諦めないことである。継続することには、才能を凌駕する圧倒的な優位性がある。自分よりも遥かに才能がある人達が、続けられなくなって脱落していく。要は、結果が出なくても続けられるかどうか。だって、結果が出てる人達だって、続けられないのだから。

 

跳び上がる

願望を叶えるには、この世界に対して、その意思を示していくことが何よりも大事だと思う。例え、何も起こらなかったとしてもだ。今はこの世界が何も起こしていなくても、自分は何か起こしていくんだぞと。行動という形にして、その意思をこの世界に示していくことだと思う。と言うか、この世界に願望が存在している時点で、この世界は既に反応している。この世界は既に反応済みで、次は自分自身がどういう反応をするか。つまり、それが欲しいですという意思をこの世界に示せばいい。自分に出来ることをやったら、あとはこの世界の反応を待つしかない。この世界から反応が返ってきたら、また行動する。そうやって、この世界とのコミュニケーションを続けていくしかない。

まあ、それはともかく、自分のアイデンティティーに基づいた本物の願望というものがある。

人間は他人の持ってる何かを見て「羨ましい」とは言うものの、本心からそう言うことはまずない。人間、本当に羨ましいこと(アイデンティティーに根差した願望)を目の当たりにすると、言葉より先に跳び上がるのです。

「バクマン。」で滅茶苦茶好きなシーンがある。それは、王道漫画を描きたいにも関わらず、ギャグ漫画を描いている現実に葛藤していた亜城木夢叶(真城)が、王道漫画を描いて成功を収めていたライバルの新妻エイジにテレビ番組で挑発されて、泣き叫ぶように「タントやめたい!」という正直な気持ちを彼女の亜豆さんに打ち明けるシーンだ。それから、亜城木夢叶は博打を打つわけだが、まさにこれ。本当に羨ましいことがあると、跳び上がるのです。どんな壁が立ち塞がっていようと、何が何でも自分には出来る!と思う。その夢を達成するためには、何だって利用するだろうし、何だってやるだろう。「出来ない」なんて思わないというか、完全スルー。それより先に跳び上がる。反射してしまう。

だが、この状態、破滅願望丸出しでかなり危険でもある。現に、亜城木夢叶も博打を打った。成功したから良かったものの、もしも上手く行ってなかったら……。

 

人生の攻略法

人生を攻略するには、自分に与えられた運命を完全に受け入れることが大事だと思う。とまあ、文章で書くのは簡単だが、これが中々難しい。ただ、これさえ出来れば、人生は攻略したも同然だよなあと思う。与えられた運命を楽しめる能力、これさえあれば人生で恐れることなどなくなるだろう。

どういう人生を歩んできてようと、自分に与えられた運命を完全に受け入れて、そこから歩いて行くこと。それはつまり、「どういう道を歩んでいこうか?」というんじゃなくて、ゼロベース思考で、「この道をどうやって攻略しようか?」という姿勢。この与えられた人生を、どうやってより良いものにしていこうかという姿勢。前者は理想からのマイナス査定で、後者はゼロからのプラス査定になる。

どうしても、人は比べてしまうし、理想や期待感を抱いてしまう。自分の人生に100%完全に集中するのは難しい。

戦後直後の日本は、ゼロベース思考から始まったんだと思う。ドン底まで行くと、もはや失うものが何もなくなるから、ゼロベース思考になる。その運命を受け入れて、自分に出来ることから始める他なくなる。その結果、リスクを取れなかった持つ者を、ゼロベース思考にならざるを得なくてリスクを取った持たざる者が逆転してしまう。

では、ドン底に陥る以外に、ゼロベース思考になるにはどうすればいいのだろうか?これ、危険な場合がある。逆境は求めてはいけないのだ。

例えば、何かを始めようと思っているが、中々その一歩が踏み出せないとする。このとき、嫌なことが起こって逆境に陥れば、その一歩が踏み出せるようになるんじゃないかなあと思うかもしれない。人間にはそういう気持ち悪い信念がある。

だが、その願望通りに嫌なことが起こって逆境に陥ったとしても、初めの一歩が踏み出せるということはない。嫌なことが起こって、ただ惨めなだけ。何となく、嫌なことが起これば開き直れるみたいなイメージはある。何かを失わない限り、何かを手に入れてはいけないみたいなね。例えば、日本と中国が戦争になったら、平和ボケになった日本人が目覚めるかもしれないとか。実際は、悲惨極まりないことになって終わりだろう。あと、このまま日本で人口減少が進めば、さすがにどこかで少子化が改善されて、歪な人口ピラミッドも是正されていくだろうというのも、同じく悲惨な結末になると思う。

結局、何かを始めようと決心して踏み出せるのは大抵の場合、プラスの出来事からだけ。プラスのエネルギーを帯びてることからしか、何かを始めようとはならない。だから、マイナスの出来事を期待してはならない。人生に多大なる果実をもたらす逆境は、自然な流れの中で必然的に起こる。

 

0から1

これが欲しい、こうなりたい、これがやりたいという願望を思い描く。そうすると、現時点で自分がやるべきことが出てくる。ただ、それは大抵の場合、その時点ではやっていないことである。つまり、変化を伴う行動であるから、その一歩を踏み出すことが恐怖や不安のベールで包まれている(潜在意識が抵抗する)。

でも、一歩踏み出してそれをやると、行動する前に抱いていた恐怖や不安が非合理的な恐怖や不安であったということが分かる。と言うか、それ以前に、非合理的な恐怖や不安を抱いていたことを忘れてしまう。0を1にするときに生じる恐怖や不安というのは、このように非合理的なものである。

勇気を出して一歩踏み出すと、結果なのか新しいコンテンツなのか次なる道なのかは分からないけど、この世界がご褒美をくれる。だから、思考が現実化する過程では、一歩踏み出すことに恐怖や不安を感じる場面があるんだけど、それをやると、この世界がご褒美をくれる。正しい道を歩いている証明として、何らかの爽快感のようなものが得られる。そしてまた、次なる道が示される。次に何をすべきかが分かってくる。

では、一歩踏み込むときの恐怖・不安にどう立ち向かうか?

私がお勧めしたいのは、感謝の気持ちを形にするためという建前で一歩踏み込むことだ。つまり、その一歩を踏み出すのは、自分のためではなく、他人のための行動だと思う。「恐い?不安だあ?貴様がどう思おうと知らねえが、○○への感謝の気持ちを形にせいや。今までに、どんだけ助けられてきたと思っとるんだ?」と。

それで一歩踏み込んで、0から1にしてしまえば、後は感謝の気持ちがなくても続いていく。1から2にするのは簡単で楽しいものだ。ただ、感謝の気持ちも長く続かない。楽しいから続く。楽しくないことは続かない。しかし、感謝の気持ちは瞬間的には非常に強いため、一歩踏み込むためのエネルギーとして使えるのだ。

ああ、あと、もう一つ重要なことがある。0から1にする行動をしたら、自主的に自分にご褒美を与えること。そうやって、新しい行動をした自分に条件付けしておくことが大事。