2014年6月
※2014年6月当時の売買日記を読みながら作成(図も当時のものをそのまま転載)。
〇6月9日
・DDSを直近レンジ抜けで買い。この日だけで+15.11%の含み益に。
※「嬉しいですなあ!」。
※注:ナイスであるが、これは日足だけ見ると微妙な所ではある。運も良かった。ボラが出そうな銘柄に爆発寸前に入ったのが良い。
〇6月10日
・DDSは-4.04%の下落。+10.46%含み益のまま保有。
〇6月11日
・DDS+13.54%の上昇で、含み益は+25.42%に。
※なお、直近高値抜けで増し玉する予定だったが、寝過ごしてしまったため出来ず。
〇6月12日
・DDSは更に+11.24%の上昇、前日高値抜けで増し玉した。
※上記の画像の日付表記は6/13→6/12の誤りです。
※当時の感情
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・増し玉したけど、やや怖かった。そして、その後は気になった。この含み益が消えたらどうしよう?みたいな。別に今回消えたとしても、これを何度も繰り返してればとんでもない大ホームランがいつかは出るわけだが。
・その後、後場になってチラっと見たら、大陰線で滅茶苦茶押しており、増し玉ポイントまで押す勢いであったから、イヤーな感じに。増し玉ポイントまで押したら個別で手放してえ!しかし、我慢我慢!これは本当に見てられねえ……。最後まで保有した。
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〇6月13日
・DDS-5.94%の下落。
※何とか持っていたが……。
・目の前で急落したーー!!こりゃあ、見てるの無理だわ……。で、今日中に5MA割って終値決算も覚悟して席を外したのだが、何とか耐えていた。
※注:確かこのとき、目の前で突然出現した5分足の大陰線で音が聞こえました。大陰線が出た瞬間、音が聞こえました(確か、つららが落ちるような音が、FF4のブリザガのような音が)。
〇6月16日
・DDSは+4.25%の上昇、途中決済し、エントリー玉+31.74%、増し玉+0.14%で決済となった。
※なお、当初の利益目標ラインは、三角持ち合いの幅率分ということで2330円だった。
※注:いや、それはさすがに無理だわ……。これ、下手に新興銘柄の知識や経験があったら+20%位で決済しているのが、ここまで保有出来たのは無知による所も大きい。ただ、逆境を乗り越えた先での、この特大ホームランは、マーケットの神様からのプレゼントだったんだろうなあと思います。私はいつも運だけは良いんですね。
※この一発が出たことで、資金が大幅に増え、嫌な雰囲気が緩和した。
コンプレックスと精神分析
この時期には、自分が抱えるコンプレックスと向き合っていたんですが、それに関連する話をします。
人間は、過去にトラウマのような嫌な出来事があったときに、何らかの決意をしていることがあります。その決意というのは、その当時の自分を守るために、防衛本能的にされてしまった場合が多いです。意識では気付かないんだけど、その当時の自分を守るために、ある決意が潜在意識でされてしまったと。
人間の決意というのはとにかく強いもので、防衛本能が働いてされた決意が、ずっと続いている場合があります。そして、その決意が願望への強固な抵抗になっている場合があります。
このような決意を解いてもらうには、そのトラウマ的な出来事が起きた当時の過去の自分と対話します。
そして、対話するときには、「どんなことを思っていたか教えてくれないかな?」「どんな感情だった?」「何がやりたかった?」と、とにかく聞いてみます。そうやって、過去の自分に対して質問を繰り返します。
そのトラウマ的な出来事が起きたときは、別に誰も悪くないし、もちろん自分自身も悪くないんです。悪者は誰もいないんです。
でも、悔しかっただろうなと、悲しかっただろうなと。その時は表には出さずに、その感情を溜め込んでしまった。だから、その当時の自分に、悔しさや悲しさといった、その時に溜め込んでしまった感情を吐き出してもらいます。「よく耐えたね。その気持ちを、今の自分に吐き出していいよ」って。そうすると、涙が泉のように溢れ出てきます。
これは体験してみると分かるんですが、本当に凄いです。昔押し殺した感情ってのは、心の奥底にずっと溜まっているということがよく分かります。
過去の自分に押し殺した感情を吐き出してもらって、涙が泉のように溢れ出てくると、心から何かがなくなって軽くなる感じがします。そして、過去の自分と対話していて最後に残る感情は「ありがとう」です。押し殺していた嫌な感情が解放されるんだから、後には感謝の気持ちしか残らないのです。
そうなると、そのトラウマ的な出来事は、もう嫌な出来事でも何でもなくなります。もう、そのときの自分と対話しても、嫌な感情はどこにも残っていません。過去の自分はそれを乗り越えたという、歴史的事実と思い出以外には何も残りません。
※その出来事から嫌なエネルギーが抜けたわけです。詳しくは「ゾーン」の信念の性質に関して書かれている所を参照。
あと、過去の自分と対話するときは、何を聞くにしても、愛をもってコミュニケーションを取ることが大事です。つまり、聞く側に徹して聞いてあげること。それで、どんな答えが返ってきても、それを絶対に否定しちゃ駄目です。今の自分自身の価値観や信念を押し付けるようなことは絶対にして駄目。とにかく、過去の自分が言ったことを100%全面的に肯定してあげることです。
こういう内面的な作業は、トレーダーになることには何の関係もないような気がすると思います。もしかしたら、トレーダーとしての成長には全く寄与してないのかもしれません(検証することは不可能であるため、実際どうなのかは分かりません)。こんなことをしても、何の意味もないかもしれない。でも、少なくともマイナスにはならないと思うんですよ。
しかし、本当にトレーダーになるって大変ですね……。チャート分析のスキルを極めただけでトレーダーになれるという世間一般の思い込みは余りにも甘過ぎます。心残りを解消し、コンプレックスと向き合い、過去のトラウマ的な出来事にも向き合い……。天国言葉や引き寄せの法則を実践し、「そんなことやっても意味ねえだろ」的なプライドは全て捨てなければなれない。
※私は2005年からずっと自分史の検証をして過去を振り返ることが習慣になっていたのに、この精神分析をするまで全く気付かなかった感情がいくつかありました。恐らく、無意識的にトラウマになったような過去の出来事を避けてたんだと思います。
※ただ、私の場合、自分史の検証がライフスタイルになっており、「過去にこんなトラウマがあったんか!」と過去に新しい史実を発見した喜びの方が勝ってしまうため、過去の嫌な出来事に向き合うのが快楽以外の何物でもないんですね。だから、自分史の検証をしたことがない場合は、この精神分析は辛い作業になるかもしれません。
書評:「嫌われる勇気」
アドラー心理学について書かれたベストセラーです。賢人と青年の対話形式で進んでいくため、とても読みやすいです。コンプレックス/劣等感の克服についても書かれています。
ただ、この本、とてつもなく厳しいことを言っています。100万部以上売れた本ですが、ただ読んだだけで終わった人が大半なんじゃないでしょうか。この本で書かれていることを実践するのは、余りにも劇薬過ぎる……。でも、この本に書かれていることは人生を自己責任で生きる思考であり、トレーダーに必要な思考そのものです。
「わたしの若い友人に、小説家になることを夢見ながら、なかなか作品を書き上げられない人がいます。彼によると、仕事が忙しくて小説を書く時間もままならない、だから書き上げられないし、賞の応募に至らないのだそうです。しかし、はたしてそうでしょうか。実際のところは、応募しないことによって「やればできる」という可能性を残しておきたいのです。人の評価にさらされたくないし、ましてや駄作を書き上げて落選する、という現実に直面したくない。時間さえあればできる、環境さえ整えば書ける、自分にはその才能があるのだ、という可能性のなかに生きていたいのです。おそらく彼は、あと5年10年もすれば「もう若くないから」とか「家庭もできたから」と別の言い訳を使いはじめることでしょう」
「賞に応募して、落選するならすればいいのです。そうすればもっと成長できるかもしれないし、あるいは別の道に進むべきだと理解するかもしれない。いずれにせよ、前に進むことができます」
このブログでも度々書いてる「いつ死んだとしても後悔がないように生きる」というと、聞こえはいいですが、その生き方をするには↑を実践し続けていかなければいけないわけですね。「人生でやりたいことを常にやる」「後悔や心残りがないように生きる」って、それがどれだけ難しい生き方か……。ちなみに、私がこのライフスタイルを実践するようになったのは意思が強かったからでも何でもなく、「安定・安全・長生きが保障されている人達が羨ましかったけど、それは自分には与えられないものなんだ……」と諦めたからです。「いつ死んだとしても後悔がないように生きる」ライフスタイルが結果的に長生きに繋がると思ったから、この思考を受け入れざるを得なかったわけです。安定・安全を保障されてる立場でこの思考をするのは、意志が相当強くないと無理なんじゃないかと……。
「自らの生について、あなたにできるのは「自分の信じる最善の道を選ぶこと」、それだけです。一方で、その選択について他者がどのような評価を下すのか。これは他者の課題であって、あなたにはどうにもできない話です」
個人的には、この部分こそが、この本の主旨だと思っています。
自分に出来ることを全てやったのに結果に繋がらなかったら、それはもうしゃあないと割り切るしかない。自分に出来ることをやって最善を尽くしたら、もうあとはこの世界に委ねるしかない。要するに、「人事を尽くして天命を待つ」ということですね。
これこそが、自己責任という考えの根底にあるものだと思うんですが、一般社会ではこの考えは中々受け入れられてません。
自己責任というのは、どのような結果になろうと自分で責任を取って、利益も損失も全て自分で受け入れるというものです。この対比にあるのは、失敗しても(誰かが)保障してくれるというものです(その代わり、大きな成功をしたとしても、利益も制限されてしまう)。
何かが保障されていて、その結果に対して責任を取らなくていいというのは、一見すると良いことのように聞こえますが、それは逆を言えば、保障されてれば保障されてるほど、自由も利益の上限も成長の機会も、(保障してもらっている母体に)奪われているということです。
個人のトレーダーは誰も成功を保障してくれず、社会的な評価も全くありませんし、履歴書にも当然書けません。でも、だからこそ、何の保障もなくて社会的評価もないからこそ、想像を絶するような自由と報酬が待ってるわけです。
続編の「幸せになる勇気」もおすすめです。








