自分史の書き方~書き方の事例6~


今日は、コンテンツの事例で、ゲームを例にして説明します。

これは今までの復習というか、基本的なことです。ゲームの記述は一番簡単だと思います。

まず、その時期を代表するコンテンツだったら、記述しておきましょう。

○ゲームの事例
ゲームでは、1月からドラゴンクエストⅦが登場した。

そのゲームをこの時期にやったという概要の記述だけです。

その年を代表するほどのコンテンツだったら、太字で記述しておきましょう。必要ならば、概要を少し記述しておきます。

○ゲームの事例
10月12日には、ポケットモンスターXYが登場した。Wifiトレインは廃止されてしまったものの、ポケモンの相場と化したGTSを利用したポケモン図鑑収集が牽引した。

 

ゲームの記述は非常に簡単です。最も敷居が低いと言えます。いつやったのか?さえ覚えてればいいわけですから。もし分からなかったら、ネットで発売日を調べてそこから推測すればいい。

人生において、どういう順番で重要なコンテンツが登場したのか?ということを時系列的に正確に理解するだけで、かなり違います。

これ、ほとんどの人がちゃんと覚えてないんです。例えば、「2008年にあなたの人生で登場した重要なコンテンツを全て答えなさい。」というセンター試験レベルの問題にすら答えられない人が五万といます。2006年と2007年と2008年と2009年の区別が付いてない人が五万といます。

人生における重要なコンテンツですら覚えてないんだから、人生における重要イベントの時系列もバラバラです。

そして、どうなるかと言うと、懐古主義という病に罹ってしまう。

自分史を書くと、懐古主義から解放されます。そして、過去をより愛するようになる。懐古主義というのは、過去に対する不健全な愛し方なんです。

自分史を書くと、懐古主義が強くなってしまうような印象を受けるかもしれない。断じて否定します。自分史を書くということは、過去に向き合うということです。懐古主義とは対極にある思考が身に付きます。健全に自分の過去を愛せるようになります。

当サイトで述べている自分史の書き方は、主観的事実のみを客観的に記述していくんで、過去に幻想を抱けなくなってしまう。そうなると、過去を過大評価する余地がなくなってしまう。結果、懐古主義になりようがないんです。

自分史を理解すると、懐古主義だった頃よりも、過去の評価が天井を突き抜けていきます。もう、過去を使って現在を虐めることもなくなります。健全に過去を愛せるようになるからです。

自分史を書く目的は、過去を健全に愛せるようになって、現在を最大限に楽しめるようになること。そして、「この自分史の教科書、次のページにはどんなことが待ってるんだろうか?どんな人物が登場して、どんなコンテンツが登場して、どんな政策で道を切り開いていくんだろうか?」と未来にワクワクすることです。

小学生時代は良かった、中学時代は良かった、高校時代は良かった、大学時代は良かったなど……。過去を過大評価せずに、冷静に過去を検証してみましょう。勝負にならないです。その楽しかった過去の思い出を全て持ってるんだから、今が一番に決まってる。

そもそも、懐古主義というのは、過去に対して失礼なんです。過去を美化してるような印象があるけど、これ以上、自分の過去を侮辱する行為はない。過去に対する最大の賛辞は、その過去に最大限感謝して、今を楽しむことです。過去に支配された世界ではなく、過去を仲間にした世界で生きましょう。

確かに、過去は儚いものです。私も、小学校時代の連絡とか、中学時代の日々などを思い出すと、懐かしいなあ、良かったなあと思います。今はもう体験出来ないことがたくさんあります。儚いものです。それでも、過去に持ってなかったけど、今持っている素晴らしいものがたくさんある。やっぱり、今が一番楽しい。

書き方の事例ではなく、能書きの方が多くなってますが、一番大事なのは自分史を書くことに対するモチベーションです。自分史の書き方で重要なのは、その時期の雰囲気が鮮明に脳内で再生されるように主観的事実を記述すること。当サイトで説明している自分史の書き方は、これが全てです。これだけで、最初から最後まで書けてしまいます。これからもなるべく事例を出して説明していきますが、こういう風に書けばいいんだよという、書き方のテクニック的なものしか示せないです。あなたしか体験してないことについて書くんだから、あなたにしか書けないのです。

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