2014年12月
※2014年12月当時の売買日記を読みながら作成(図も当時のものをそのまま転載)。
〇~12月31日
・KDDI-1.01%、KDDI-0.79%、マーベラス-0.97%、大成建設-1.08%、ミネベア+3.78%、東電増し玉後に+1.86%で保有(3%以上順行)(全て順張り買い、ミネベアのみ転載)。
・統計について、検証検証検証検証……。1ユニット25%なら?1ユニット50%なら?利食い3%なら?利食い5%なら?などシミュレーションした。そして、それまで取っていた統計に加えて、この統計で3%利食いした場合、5%利食いした場合の2通りについても、自分の手で統計を取るようになった(エクセルの簡易出力(MFE4.50%なら自動的に3.00%になって計算)ではなく、目視で利食いを入力(例えば窓を開けて+2.00%から+4.00%で寄り付いた場合、3%利食いなら+4.00%利食いとなる))。
※注:この時点ではまだデータが少なく、この統計を基にした売買をしたとして、月間での最大順行利益(月にどの位まで利益が伸びれば、勝率や利食いがどの位まで連続すれば、行き過ぎか)や最大ドローダウン率などのデータがなかった。このようなデータが欲しい場合は、過去のシミュレーションではほとんど意味がなく、現在進行形で自分の手で統計を取っていくしかない。
・この売買ルールだとエントリー数が増えると思ったため、証券会社をSBI証券から、手数料最安のGMOクリック証券に変えることを検討した。年明けにGMOクリック証券の信用口座も開いたが……。
・ありがとう2014年!!!
トレーダーの社会的地位
なぜかは分からないですが、トレーダーと聞くだけで一方的に否定してくる人がいます。(その人のコンプレックスが)酷いと、トレーダーというだけで、人格や人生まで否定してくる場合もあります。
こういう人は今までに、仕事で楽しい体験をしたことがねえんだろうなと思います。もしも、仕事で楽しい体験をしたことがあるんだったら、そんなことは絶対言えないわけで。自分の仕事にコンプレックスがあるから、それが外側に攻撃的に出ているだけです。
ただ、こういう人には、いくらトレードの面白さを説明しても無駄だと諦めます。楽しい体験をしたことのない人にいくら説明しても、その概念がないんだから納得させるのは無理です。不毛な信念の戦いになるだけ。
今の時代、別にトレーダーであることを隠す必要は全くないですが、偽装する肩書きなんていくらでも作れます。例えば、ネットビジネスをやってると言えばいい。
でもなぜか、株というワードを出すと違う反応が返ってくるんですよね。
一体何なんだあれは!
「データ解析的な仕事をしています」
「個人でネットビジネスをやっています」
「確率統計を使った仕事をしています」
これだと、「へえー」で終わりです。ところが、一言でも「株」というワードを出してしまうと、空気が変わります。
FF4で例えると、「バトル1」(通常戦闘BGM)が流れていたのに、突然「ゴルベーザ四天王とのバトル」が流れ始めてくるようなものです。
一体、何なんだこれは!トレーダーが何か悪いことをしたのか?
ただ、私の場合は、コンピュータ理工学部卒なのが役に立ちます。大学で勉強したことはほとんど全く役に立ってないけど、この経歴は役に立つ。
「コンピュータ理工学部を卒業して、ゼミでは経済性工学を学んだんで、それに関連したネットビジネスを~確率統計が~データ分析が~メンタルが大事で~」とか言っておけば、IT系の仕事だと勘違いされるため、それ以上詮索されることはないです。ちなみに、私はプログラミングほど苦手なことはないんですけどね。
※それに、当サイトにもGoogle Adsenseを貼ってるわけで、ネットビジネスだって嘘じゃないのです。
ただ、ポケモン世代はまだ比較的、トレーダーに理解があるように思います。これは同世代に、ブロガーやyoutuberなど、ネットで飯を食ってる人達がいるからじゃないかなと。
少なくとも、転売屋に比べたら、全然悪役にはされてないですね。転売屋に対する風当たりの強さは酷いものです。日本社会のマーケットに対する無知の象徴だと思います。
「投機でカネを稼ぐなんて……」という信念が社会に形成されてしまっている以上、投機家がいないと流動性が確保出来ないから云々などと、いくら説明しても無駄です。
社会にトレーダーの社会的地位を認めてもらおうなんて期待するだけ無駄。社会が変わることを期待して待ってるんだったら、自分が何かやって変わった方が絶対に良い。
それで、私が到達した結論は、たとえ誰にも理解されなくても、とにかく与えるしかないということです。与えて与えて、与え尽くす。それで何も変わらなくても別に構わない。認めてもらいたいとか、社会に変わって欲しいとかではなく、ただ与えたいから与える。与えること、奉仕すること、それ自体を目的にやる。誰かに認めてもらわなくても、マーケットの神様に認めてもらえればいい。
「トレーダーの社会的地位は低い」、これは自分自身には変えられないことです。変えられないことを嘆くんだったら、その分のキャパシティを使って何か建設的なことをした方が絶対良いです。
アンチトレーダーの人と信念の戦いになったとしたら、論破するでも譲歩するでもなく、自分の信念をそのまま主張すればいい。ただ、時間がもったいないんで、そこで切り上げる。相手を論破するのではなく、自分はこういう考えであるという意見表明をするだけ。
「神よ、変えることの出来ない事柄については、それをそのまま受け入れる平静さを、変えることの出来る事柄については、それを変える勇気を、そして、この二つの違いを見定める叡智を、私にお与えください」(ラインホールド・ニーバー)
ところで、「株で稼いだカネはあぶく銭」みたいな信念って、一体どこで身に付くものなんでしょうか?「株=簡単に稼げる」という間違った思い込みは、一体どこで刷り込まれてしまうのか?学校教育では、金融市場というのはその存在に触れることすらないわけで、これは不思議です。株式市場に対して批判的な教育がされているわけではないにも関わらず、株で稼ぐことに対しては否定的な社会風潮が形成されています。
これは私の仮説ですが、教育や社会風潮などを通して、「カネは労働への対価である」という信念が強く機能するようになってしまうんだと思います。特に、日本ではそのような風潮が強いため……。
その信念を変えることに対する抵抗として、株で稼ぐことに対する非難という形で表現が起こされているんだと思います(株で稼ぐことを認めるということは、「カネは労働への対価である」という信念に対する否定となり、それは当人にとっては人格否定されたのと同じことを意味する)。
つまり、株で稼いでいるトレーダーに対する非難という形にはなっているけれども、それはその人が抱えている何か別の信念が機能したことによって起こった行動なわけです。
自分自身が持ってる非合理的な信念からマイナスエネルギーを抜き取るだけでも相当大変な作業になるのに(例えば、コンプレックスやトラウマの克服など)、他者の信念を変えるのなんてまず無理です。
※なお、このような信念の性質について詳しくは「ゾーン」を参照してください。
書評:「私は株で200万ドル儲けた」
・「
「ボックス理論」の発案者であるニコラス・ダーバス氏が、素人から200万ドル稼ぐに至るまでを綴った本です。
書かれた時期は1952年から1959年までですが、今現在でも変わらないマーケットの原則がその体験からたくさん書かれており、読み物としても面白いです。
結局、トレーダーとして成長していくには、失敗・損失から学んでいくしかないとともに、どれだけ失敗しても諦めずにやり抜く姿勢こそが大事だということが分かります。
「部屋に入ると電報を開いて、破り取った新聞のページを広げ、ゆったりとくつろいで満足げにため息をついた。200万ドル儲けたからだけではなく、最も好きなことをしているからでもあった」
この描写で終わってるのがええなあと思います。
最初から好きなことだったから続けられたこともありますが、諦めずに続けてきたからこそ愛着が湧いて好きなことになったというのもあります。

