こういう現実があっても、アベノミクスで給料は上がっているだとか言って、一向に日本の現実を見ようとしない。1945年頃もこんな感じだったんじゃないかなと思う。
自分は凄くないけど、日本は凄いんだ!と現実逃避する。本当に勿体無いとしか言いようがない。これでは一生、改善の余地が生まれない。
まあ、世界史的に見れば、日本はここ100年間のある時期だけの一発屋であって、それ以外の時代は常に中国がGDP世界1位だったわけで。ただ平均回帰するだけのことだ。歴史的に考えれば、何もおかしいことじゃない。
そもそも、経済に限ってみれば、転売屋が諸悪の根源のように叩かれる国と、転売が当たり前の国と、この時点で勝負がついてる。確かに中国人の転売屋は迷惑であるが、そのハングリー精神は見習うべきだと思うんだが……。
「そこまでしてカネ稼ぎたくない」と言われるかもしれないが、これから多くの日本人の賃金はそれ以下にまで下がっていく。そして、転売で稼いだカネで中国人がごっそりと日本で買い物していく。日本が資本主義の恩恵を享受している以上は仕方ない。
こういうの昔は、日本やばいなあ、嫌だなあ……と思っていたんだが、マイノリティーを体験して、国家からアイデンティティーが抜けたからか、ほとんど何とも思わなくなった。
まあ、一人負けを認めるのは死ぬほど辛い。その現実を受け入れようとすると、吐き気がしてくる。だが、それを受け入れてしまえば、実はそこまで痛くはないことに気付く。
もう一つ、現実逃避として、日本は経済なんてどうでもよくて、幸福や豊かさを追求する云々……。
残念ながら、幸福度に関しては、日本は欧米どころか韓国以下である。ソース:日本人の「幸福度」は先進国で最下位
なぜか、日本人は精神的豊かさを持っているというような印象操作がされるが、戦争に負けたコンプレックスから経済だけを追求してきて、精神的な豊かさ(哲学やライフスタイルなど)は捨ててきたのが戦後の日本なのだ。
そもそも、もしも日本人が経済より幸福を追求するのだとしたら、ブラック企業やサービス残業なんて存在してないだろうし、もっと大々的に哲学やライフスタイルに関する話が表に出てきてもいいはずだ。
そういう話が表立って出来るようになるんだとしたら、私としては大歓迎だ。ようやく、哲学の話がマイノリティーじゃなくなる。公的にはアウトプット出来る機会がないから、こそこそとブログに書くしかないわけで……。
自分が好きだとか言うとナルシスト扱いされるし、自分との対話とか自分史の検証とか、こういうのはただの内省に過ぎないんだが……。一体、精神的豊かさって何だと思ってるんだろうか?ナチュラルには幸せになれない私のような凡人にとって、精神的豊かさを追求するには、相応の努力が必要になる。
残念ながら、現状では、精神的豊かさを追求するための努力をしていると公言したら、ネガティブイメージに染まったレッテルが貼られるのは目に見えてる。
成功本(自己啓発本)も一部では敬遠されているようだが、成功本を読んでみるというのは努力以外の何物でもないだろうがと。必死に幸せになろうと思っているから、藁にもすがる思いで成功本を手に取るわけで。本当に尊い行為である。
少なくとも、「道は開ける」や「思考は現実化する」は、私の人生をより良いものにしてくれた。人によって合う合わないがあるから、成功本は合わないかもしれない。だが、人生をより良いものにしたいという思考で行動し続けていけば、合うものと出会えるはずだ。
いずれにせよ、日本が経済的に貧しくなっている現実か、日本が精神的豊かさを放棄している現実、このどちらかを認めない限り、道は開けていかないと思う。ちゃんと現実を直視していけば、日本には可能性がある。
まず、中国をはじめとするアジアが発展するということは、近くに巨大な市場が出来るということなわけで、日本にとっても大きなチャンスになる。悪いことばかりではない。現実を直視して、考えることをやめなければ、事態はいくらでも改善されていく。
精神面にしても、無宗教の日本では、精神的な努力というものが全く認知されてないため、とてつもない伸び代があると思われる。
あと、現実を直視すべきとは言っても、自虐史観を受け入れる必要はない。あれは百害あって一利なし。日本の戦後補償は全て終わっているんだから、堂々としていればいい。卑屈になる必要なんてない。と言うか、卑屈になる必要がある人間なんて存在しない。