足掻くのだ


ヘイトスピーチにせよ、生活保護減額反対デモにせよ、反原発デモにせよ、どれも賛同できるものではないが、行動しないでいるよりは圧倒的にマシだなと思う。ヘイトスピーチが日本の名誉を傷付けて、生活保護が日本の財政にダメージを与えることになったとしても、黙って正義の声に迎合するよりは人間らしくていい。

良い子ちゃんでいても、何から何まで搾取されるだけ。例えば、竹島にせよ慰安婦問題にせよ、論理的証拠がある日本ではなくて、声が大きい韓国の方が優勢になってるわけで。STAP細胞のおぼちゃんにしても、徹底的に足掻き続けた結果、どれだけ日本の国益を損なったか分からないが、理研を解雇にはなってない。原発事故当時の東電の役員だって、悠々自適の生活を送っている。

人が足掻く姿は実に尊い。それがどれだけ社会悪だったとしてもだ。

社会がマイノリティーを切り捨てるのは合理的だ。1億2000万人を生存させるために、100万人のマイノリティーを切り捨てるのは正しい。それに、生物学的に見ても、能力がなくて社会の足を引っ張っている弱者が淘汰されるのは当然だと言える。

だが、だから何だと言うのだ?

だからこそ、足掻くべきだ。素直に淘汰されるなんて勿体無い。徹底的に足掻き続けてやるべきなのだ。生き残るために徹底抗戦すればいい。黙って淘汰を受け入れるなんて、ロボットみたいで気持ち悪い。利用出来るものは利用し尽くして、サバイバルしていくべきだ。

社会の期待に応えるためだけに生きてはいけない。良い子ちゃんが称賛されるのは、社会が都合良く搾取出来るからだ。たとえ社会的に非難されることだろうと、今がどのような状況にあったとしても、人生をより良いものにしようと足掻く姿は尊く美しい。