これも、引き寄せの法則が腑に落ちた課程で気付いたことなんですが。
まず、「全ての人は、愛に包まれた幸せな存在」です。「不幸な人」など存在しません。
だから、私は特攻隊や白虎隊は無能な支配者に迎合して死んでいったただの馬鹿だったと時代背景も無視してディスりますが、彼等が不幸だったとは思ってません。短い人生ながらも、とても充実した幸せな人生だったでしょう。
現に、色んな人の自分史を読んでると、良い意味でも悪い意味でも、人生に格差は出来ないということが分かってきます。成功者だろうが凶悪犯罪者だろうが普通のサラリーマンだろうが引きこもりだろうが、人生に差はありません。嘘だとか偽善だとか思うんだったら、他人が書いた自分史を10個位読んでみれば分かります。
全ての人にただ一つ共通するのが、誰もが幸せな人生を歩んでいるということです。だから、いつ死んだとしても人間は幸せです。これには例外は一切ありません。
では、人生において、なぜ不幸な人は現れるのか?不幸な人の正体とは何なのか?
まず、それは「不幸な人」ではなく、あくまで自分自身の主観において、その人を「不幸な人」だと認識しているに過ぎないわけです。
つまり、この世界には「不幸な人」は存在しない。「不幸に見える(そう思いたい)人」をそう認識することは出来るけど、不幸な人は存在しない。
例えば、私の学生時代にも、いじめられていたり、友達がいなくて一人でいたり、漏らしてしまった人とかがいたわけです。
「大変だなあ」「可哀想だなあ」と思うことはあったんだけど、これってそもそも私が必要としたから、生成されてたんじゃないのか?って思ったんですよ。
「全ての願いは、それを意図した瞬間に滞りなく全て叶っている」という仮説に当てはめて考えてみると、そういうことなんじゃないかと。
今になってみると、「毎日大変。自分より大変そうな人がいたら、安心出来るのになあ」って意図したんじゃないのか?その私の願い通りに、そういう人や状況が生成されたんじゃないのか?
更に言うと、「大変そうだなあ」「可哀想だなあ」というのは、私の主観での一方的な決め付けでしかありません。実際どうなのかは、本人にしか分からないのです。もしかしたら、いじめられてて嬉しかったのかもしれない(いや、別に私はいじめっこの肩をもつわけではないですよ)。
現に、私は大学時代には友達が全くおらず常に一人で行動してました。これは世間的には「可哀想だ」とされるようですが、「滅茶苦茶楽しかったよ?」。
つまり、「不幸な人」というのは、自分がそう願ったから、その願い通りに出現している。
これは人間の黒い部分であるため焦点が当たらないことですが、「自分はまだましだ」と安心したいがために、そう思いたいがために、人は「不幸な人」を必要としている。
人間は弱い生き物であるため、これからも不幸な人がいなくなることはないでしょう。ただ、この弱さを認めつつ、出来ることもあると思います。「不幸な人」(自分が勝手にそう認識しているに過ぎない)がいたら、助けを差し伸べる。助けてくれる人がいるんだから、その人は不幸ではない。そういう世界に生きることも可能だと思うのです。
ツイン統計波
○保有銘柄
キーエンス:71060L→71500TS(+0.62%)
任天堂:48320L→49770TS(+3.00%)
日立:930.8L→927TS(-0.41%)
オリックス:2171.5L→
ペプチド:4505L→
ソニー:5732L→5600LC(-2.30%)
トレード数:25 利食い:9 勝率:36.00%
収支(1月):+7.70%(月率+3.85%)
○今日のエントリー
・代金1位:Vテクロノジー
※売買ルールはこちら。
※昨日は珍しく5銘柄が含み益保有となっており、全て利食いも十分あり得たが、そう簡単には行かず。
※日経平均は円高で上値が重く、再び24000円を割った。
※新興銘柄は、杉村倉庫。


