思考が変わるまで


マイノリティーになって本当に良かったと思うことがある。それは、この世界ではいつ淘汰されても不思議ではないから、いつ死んだとしても「最高に楽しい人生だった」と言えるようになったこと。言わば、人生の平均値を上げることを第一にして生きるようになった。人生、楽しくなければ意味がない。

今この瞬間に死んだとしても、「最高に楽しい人生だったな」と笑って死ねる。人生の平均値を上げるために、自分に出来ることは全てやっているから、しゃあないなと。そりゃあ、「勿体ねえなあ」と少しは後悔するだろうけどね。でも、自分に到達できる一番遠い所まで歩いて淘汰されたんだから満足だ。

ただ、こういう風に生きようと思ってはみたものの、完全にこの信念を受け入れるには1年近く掛かった。だが、受け入れたら世界が変わった。私の場合、下手に長生きを求めて生きるよりも、こっちの生き方をする方が結果的に寿命が延びるし、人生の平均値も上がると分かった。

思考が変わるまでに要する時間は過小評価されている。どんなに理想的な生き方や信念があったとしても、それがどんなに素晴らしい文章で示されていたとしても、それを受け入れるまで、つまり思考が変わるまでには多大な時間が掛かる。そもそも、文章を読んだだけで思考が変わるんだったら、皆が成功者になってる。

ちょっと「いいなあ……」と思った程度では、思考は変わらない。その瞬間だけそう思っただけで、すぐに忘れてしまうだろう。思考が変わるには、そうならざるを得ない相応の逆境が必要だと思う。

日本人の大半は、長生きするために生きている。人生の質はそれほど重視されておらず、いかに安定して長生きするかに重点が置かれている。つまり、安定思考だ。で、私も、安定思考から安定・安全を求めた。だけど、マイノリティー(既卒)になってしまった時点で、安定など存在していない。だから、安定思考求める→ない→不安になる→安定思考求める→……のループが続いた挙句、思考が変わった。と言うか、変わらざるを得なくなった。