2017年5月
※2017年5月当時の売買日記を読みながら作成(図も当時のものをそのまま転載)。
〇5月16日
・4月に決めた逆張りのルールで見てみるも、大逆行パターンのサインが全く出ず。惜しかったenishとアエリアを見ていたら、あることが思い付いた。
・↑で閃いたルールについて検証してみたら、「なんじゃこりゃあー!!」。
〇5月24日
・あんまり出ないが、5MA上から終値が3日連続で下げている3陰線で入って3~5%利食いで入るってありでないかと。検証してみたら悪くなかった。
〇5月26日
・上述した2つのルール(3陰線、大暴落時の大逆行狙い)について、デイトレを始めた2015年8月からのデイトレ銘柄で検証してみた。その結果、次のような資金曲線に。
・3陰線
・大暴落狙いの逆行
※バックテストの結果、明らかに右肩上がりの資金曲線に。それでも感想は「しかし、相当精神的に消耗するな……」。
・これは行ける!先月に確立したスイングトレード10%到達時の逆張りをパターン1、3陰線をパターン2、大暴落時の大逆行をパターン3と名付けて運用していくこととなった。
※しかし、このときはまだ気付いていなかった。バックテストだけでは不十分だということを。ルールを閃いてから運用していくまでは、最低でも半年は必要になるということを……。
根源的な恐怖の検証2(毒親の検証編)
私の人生のテーマは楽しむことです。
例えば、私は24時間365日、暇があれば自分史の検証をして、「どうすればもっと人生が楽しくなるだろうか?」と研究しています。毎週日曜日の終わりには、その週の人生の通信簿を視聴率形式で付けており、小学4年から20年以上分の人生の通信簿のデータをExcelで管理した統計を付けているのは、世界広しと言えども私位かもしれません。
この人生を楽しむ習慣は私の最大の強みであり、これがあったからこそトレーダーの道で多くの逆境を乗り越えることが出来たのは間違いありません。
ただ、この楽しむ習慣は昔からあったんですが……。
友達と遊んだり、学校で楽しい思い出が出来たり、ライブが終わったりすると、とてつもない儚さを感じるんです。まるで、ハンマーで殴られたり、カッターで切り刻まれるような心の痛みを感じるんです。ちなみに、大学の卒業式の夜には、一人再び大学まで行き、そこで余りの儚さに吐きそうになりました。
これは「祭りの後の儚さなんだろうな」とずっと思っていたんです。「祭りの後」という言葉があるように、皆同じなんだろうなと。
2017年5月13日、「毒になる親」を読むまでは……
この日、仙台ゼビオアリーナにmiwaのライブに行ってきたんですが、行き帰りの移動時間中に「毒になる親」を初めて読んだんです。
そして、ライブの帰りには儚さという痛みを感じました。
「いつも何なんだろうな、これは」と思うと同時に、「毒になる親」に”離婚は子供の心に傷を与える”と書いてあったことから、ある仮説が思い浮かんだんです。
「この儚さの正体は、1歳半のときの親の離婚が原因なんじゃねえのかと。そのときの痛みが再現されてるんじゃねえのかと。楽しいことがなくなってしまうかもしれない恐怖心が、楽しいことがあってからの強烈な儚さという形で再現されてるんじゃないのかと」。
※逆を言えば、この強烈な儚さ故に確立された背景がある、私の最大の強みである人生を楽しむ習慣は、1歳半のときの親の離婚のお陰であるとも言えるわけです。
当然、私には1歳半のときの記憶はありません。
しかし、トレーダーになる過程で学んできた心の知識から、潜在意識には全ての記憶がインプットされてることが分かっています。
この日の帰りの電車の中で、2ヶ月後のケツメイシのライブまでにこの件を解放しよう!と思いました。
では、幼少期の傷や親から代々受け継がれてきた信念をクリーニングするにはどうすればいいのか?
それは「毒になる親」に書いてある方法をそのまま実践しました。
毎日ノートに、「君には親が離婚したことの責任はない」「君には不登校になった責任はない」「君には家庭環境が悪い責任はない」「君には何の問題もない」など、ノートの1ページの半分位書くことを習慣にしました。1日10分位を2~3ヶ月程度ですね。ちなみに、一番初めにやったときは、書くまでに抵抗があって中々書けませんでした(※)。
※典型的な信念の抵抗です。機能している信念が強いと、このような形で抵抗が生じます。場合によっては気持ち悪さなどの身体的な症状が出る場合があります。まずは、時間が掛かってもいいので、黙って機械的に感情を入れずに書くことです。この一歩を乗り越えてしまえば、あとは継続していくだけです。
そして、7月17日のケツメイシのライブでは、初めての最前列で滅茶苦茶楽しかったにも関わらず、帰りにはハンマーで殴られるような強烈な儚さは感じませんでした。
この解放の効果があったからかどうかは仮説に過ぎませんが、楽しい出来事があった後に感じる強烈な儚さはなくなりました。いや、そりゃあ楽しいことがあったら、祭りの後で儚いですよ。ただ、今まではハンマーで殴られたりカッターで斬り付けられたような痛みだったのが、滅茶苦茶軽減されました。
これは、1歳半のときの傷がケアされてなかったってことだったんだろうなと思います。
根源的な恐怖の検証を始めたときは、まさか1歳半の傷を解放をすることになるとは思いませんでした。
しかし、記憶には残ってなくても、心(潜在意識)には1歳半のときの傷が残っているわけです。そして、その傷が大人になってからも影響力を及ぼしている場合があります。これは精神分析をしてみると、本当によく分かります。
〇根源的な恐怖の検証まとめ
1.幼少期からの恐怖体験についてまとめてみる。
2.自分自身の家族や家について観察・調査して、代々受け継がれているコンプレックスがないか検証してみる。
3.特定したコンプレックス(信念)について、その信念と対立する信念を強化するアファメーションを2~3ヶ月程度書き続けてみる。
※参考書籍:「毒になる親」
この話は、トレードに深く関わってくるとてつもなく重要な話です。2017年度分のトレード日記で最も重要なのは間違いなくこの話です。
バックテストという名ばかりの聖杯探しをしているんだったら、毒親の検証をしてみた方が絶対いいです。
※補足
ネット上では「毒親」という言葉だけが一人歩きしていますが、このレッテルは一歩間違えば自らの人生を破滅させる危険もはらんでいると思います。
安易に毒親認定することで、努力を放棄する理由になってしまう言い訳になってしまう場合があるからです。
そのため、毒親の検証は、自分自身が出来ることを最大限に努力した上で平行して行うようにしてください。また、何があろうと、人生の最終責任は自分自身にあるという覚悟の上で行ってください。
なお、これは毒親の検証に限りませんが、全て仮説に過ぎません。本当にそれが原因なのかは、本当のところ一生分かりません(パラレルワールドでもない限り、検証することは不可能であるため)。ただ、やっておけば、やらなくて後悔することはないという程度のものだと思っておくといいです。
では仮に、親の影響で自分の人生に悪影響が出ていたんだとしたら、それは自分の責任なのか?
はい、そうです。そうとしか言いようがありません。親の所為かもしれないけど、親の責任ではありません。自分の所為ではないけど、自分で責任を取る必要があります。親の責任にしていたら一生何も変わらないけど、自分で責任を取って色んなことをしたら変わる可能性があります。
むしろ、努力不足や経験不足が理由にも関わらず、安易な毒親認定をして自分の人生への責任や努力を放棄してしまい、将来後悔することになるというのが一番恐ろしいことです。
少なくとも、トレードにおいては、毒親が原因で~というのはあり得ません。淡々と記録取りましょう、経験を積みましょう。その上で毒親の検証をしてみましょう。
書籍:「毒になる親」
この本は、親から暴力を振るわれたりするなどの分かりやすい虐待を受けたとは思えない人ほど読むべきだと思います。
精神科医によると85%の家庭が崩壊家庭だそうですが、完璧な人間が存在しない以上、どのような家庭だろうと、大なり小なり親から何らかの影響を受けるものです。
本書で一貫して主張しているのは、次のようなことです。
「本書が示している希望とは、あなたの親がたちまち変わるなどという魔法のような偽りの希望ではなく、(略)。大人としてのあなたの責任とは、現在自分が抱えている問題に対していますぐ建設的な対策を講じ、問題を解決する努力をすることなのである」
つまり、親を変える努力は徒労に終わるだけ。自分の人生を変えられるのは自分しかいない。
ネット上で「毒親」というレッテルばかりが一人歩きしている現状は、本当に恐ろしいことだと思います。
絶対に読んだ方がいい、文句なしの名著です。




