日本で幸福を追求する生き方をすると、必然的に少数派になる。少数派にならざるを得ない。
人は幸福になるために生きているのではない。自分の信念を守るために生きている。で、多くの日本人が持っている信念では、幸福になることよりも同調することの方が重要視されている。だから、自分の価値観を投げ捨ててまでも同調する。同調するためだけに、いとも簡単に大切なものを切り捨ててしまう。
少なくとも私の場合は、社会の言うことに従っていたら、ここまで未来に希望を持てるようにはならなかった。社会が理想とするマイノリティーのあり方とでもいうのだろうか?それに従ってたら、ここまで楽しい2010年代にはならなかっただろうし、未来に希望も持てなかった。
だってそれって要するに、ピラミッドの一番下に入りなさいってことなわけで……。しかも、下剋上は禁止ですと。そんな理不尽な要求に従ってられるかよと。
良い子ちゃんでいては、マイノリティーが逆襲するのは絶対に無理だと言っていい。世間様を喜ばせるために生きてはいけない。社会がレールから外れたマイノリティーに期待するのは、ピラミッドの下層に収まっていてくれということだけだ。つまり、「抑圧委譲の原理」の養分になっていてくださいねと。
少数派になったとしても、自分の価値観に従って、自分の幸福を追求すればいいじゃんと思う。そういう空気が読めない幸せな人がもっと増えて欲しい。それが結果的に日本を良くすると、私は信じている。自分を愛している人が増えれば増えるほど、日本は良くなる。
自分自身や自分の人生を愛しているだろうか?愛しているというのは、栄光もドン底の時期も関係なく好きであるということ。自己肯定というよりは、自己受容と言った方がいいかもしれない。ちょっとでも「自分が好きだ」とか言うと、なぜか変人扱いされるが、そういうのは一切無視すればいい。
セウォル号の船長やSTAP細胞のおぼちゃんは、世間的には叩かれているが、あの鋼の自己肯定感は見習うべき。
と言うか、自己満足度と自己肯定感が高くないと、マイノリティーが逆襲するのはほぼ不可能だと思われる。それはつまり、自分の価値観を貫いて幸福を追求する欲求>ピラミッド内で同調したい欲求という状態。これが逆だと、迎合してしまう。